サイシスとの対決 (1)
キアがレクスを連れて谷のような窪地に到着し、珍しい薬草が数種類群生しているのを見付け、超ご機嫌で採取していた同時刻、モーリス様と神父様は、統治官代理サイシスの命令で送られた刺客5人に囲まれていた。
「神父さん、悪いが此処で死んでもらおう!変装のつもりで着替えたのだろうが、余計なことをしなければ殺されずに済んだものを……化けて出るなよ!」
刺客4人のリーダーであるブロスは、余裕の表情で2人の神父を見ていた。ブロスはハキ神国第1王子オリに仕えるハキ神国軍の大尉だった。連れてきた他の4人も、オリ王子に仕える近衛兵や軍の者達だった。
この5人の他にオリ王子から送られてきていた傭兵は残り2人。正確にはオリ王子が命じロームズに潜入させたのではなく、ギラ新教の大師イルドラが用意させた、そこそこの人員であった。
「まるで我々が死ぬかのような物言いだな。笑える」
「そうですねモーリス様。返り討ちされるとも知らず、いえいえ、神の天罰が下るとも知らず、哀れな者達です」
フィリップとハモンドはゆっくりと剣を抜き、不敵な笑みを浮かべて言う。
その顔は、神父を殺そうとする不敬な者を見下げながら、怒っているようだが何処か嬉しそうな、剣を構えてニヤリと笑う、神に仕える神父様とは思えない悪人顔になっていた。
「おいおい、勝手に始められると困るんだが」
工事現場で自分や住民に暴力を振るい、傭兵に指示を与えていた男を睨み付け、ガルロが文句を言いながら剣を抜き斜面を上ってくる。
「そうだぜ。俺も思うところ満載だ。たまにはまともな運動しないと、いつも狩りばかりでは体が鈍る」
ヤマギも剣を抜きながら、ようやく来たか……という顔をして斜面を下りてくる。
「どうやら警護の男を忍ばせていたようだが、所詮は雇われ傭兵。神父などは剣を合わせるまでもなかろう。殺れ!」
ブロスは1歩下がり、4人の部下に命令する。神父2人と警護の2人、自分が出るまでもないと判断したのだ。
時間にしてほんの3分、4人の傭兵達は崩れ落ちた。
「バ、バカな!手練れの4人を・・・」
ブロスは目の前で起こっている現実が理解できないようで、自分は剣を抜くことも忘れているようだ。
「ああ、やっぱり返り血が付いたな……着替えて正解だったぞハモンド神父」
「そうですねモーリス様。この男は私にヤらせてください」
「いやいや神父様、ここは俺が殺りますよ」
ハモンドとガルロがヤる殺る言いながら、フィリップの許可を待っている。
「嫌だわぁ……荷物要員だって言ったじゃないですか!まさか死んでませんよね?レクスさん、ここは貴方の番ですわ。師であるわたしに自分の成長した姿を見せてください。皆さん手出しは無用ですわ」
キアは薬草を入れた袋を抱えて、よっこらしょと言いながら険しい谷を登ってきた。そして1人倒れずに残っているブロスを見て、レクスに戦うよう命令する。
キアの倍の大きさの袋を抱えて、ハーハーとすっかり息の上がっているレクスは、あまりの容赦なさに「ええ~っ」と不満を漏らしたが、キアの黒い微笑みを見て顔を引きつらせ、直ぐに剣を抜き身構えた。
「神父様とガルロさんは、ここから降りて薬草の入った袋を持ってきてくださいね。モーリス様とヤマギさんは傭兵たちの足を4人5脚に縛ってくださいね」
どこまでも人使いの荒いキアである。ブツブツ文句を言っている神父とガルロに、「何か?」と言いながら視線を向け、可愛く手を胸の前で組んで「お・ね・が・い」と上目遣いでお願いする。
「「…………」」
キアの必殺技のお願いに、すっかり殺る気を無くす神父とガルロである。
『そういうの、やめてください!』と心の中で叫びながら、何故か赤い顔をするハモンド神父だった。
「ハモンド神父、わたしに剣を。可愛い教え子を守るのはわたしの役目ですから」
キアは両手を差し出しハモンドの剣を受けとると、ブロスに向かってにっこりと微笑んだ。いつもより黒い、真っ黒い微笑みを見たレクスは、背筋をブルリと震わせた。
「お、お前らいい加減にしろ!そこの女!死にたいのか?お前から先に殺してやる!」
腕に自信のあったブロスだが、ものの3分で手練れの部下を倒された時は、もうダメかもしれないと覚悟した。
しかし、これはどういうことだ……?自分の存在を完全無視した上、1番弱そうな小僧を自分の対戦相手にさせるとは……しかも看護師らしき少女が命令している。
1番偉そうにして、自分に余裕の表情で微笑む少女に、ブロスは無性に腹が立った。
「ごめんなさい、わたしは手加減が下手だから、両手や腕を切り落としてしまうわ……」
キアはさらりと恐いことを言いながら、レクスに目配せする。
10分後またしてもハーハー言いながら、レクスは泉の水をガブガブと飲み始める。そしてゴホゴホむせながら、1分前のことを思い出して落ち込む。
つい本気になりブロスを刺し殺しそうになった時、キアの剣が割って入り自分を止め、フィリップの剣がブロスの首に突き付けられていた……
『ハーッ……王宮に居ては、実戦で人を斬ることがない……手加減とか出来るはずもない。あのタイミングで、イツキ先生が剣を割り込ませなかったら……俺はブロスの心臓を突き刺していた。経験……そうか……イツキ先生は、俺に経験を積ませてくれている……』
それから10分、イツキの【銀色のオーラ】が今日も容赦なく放たれ、ブロスから重要な情報を手に入れた。
なんとなくイツキの能力に気付いているメンバーだったが、目の前で行われた尋問の様子に(空気が重くなる・温度が下がる・息苦しくなる)、見ている自分まで苦しい気分になってしまった。
「少し遅くなりました。急いで教会に戻りましょう。住民の皆さんが待っているわ」
何事もなかったかのように、スカートの裾をヒラヒラさせて、軽い足取りで山を下っていくキアの後ろ姿に、「は~っ」と深く息を吐く5人だった。
◇ ◇ ◇
午前10時、礼拝堂ではギルバート神父が朝の祈りを捧げていた。
礼拝堂の中には、ソルを襲った傭兵、山の入り口の門番、教会に火をつけようとした侵入者2人、山で捕らえた5人の、合計9人が縛られて転がされていた。
どの顔もぐったりしており、特にイツキから尋問を受けた5人は、ウトウトして目を瞑ると、悪夢を見るので直ぐにうなされて目が覚める。
ギルバート神父は、いつの間にか増えている傭兵にビビりながらも、一生懸命祈りを捧げる。礼拝堂に入る前に「ギルバート神父、祈りは心を込めてお願いします。そうでないと、何故昨日の祈りの2小節を間違えたのか、尋問しなければなりません。貴方は本当にモーリスですかと?」と、キアに脅さ……注意を受けたからである。
午前11時、昨日ハビル正教会から乗ってきた馬車に、捕らえた9人の内6人を乗せ、教会警備隊の1人が一緒に乗って帰っていった。
残りの3人(ソルを襲った傭兵、教会に火をつけようとした侵入者)は、工場長の息子オーブに借りた荷馬車でハビル正教会に送ることにした。
午後2時、今日も警備隊の2人は教会にやって来た。ただし、見張りの傭兵がついている。なんとなく動き辛そうなのかと見ると、完全無視してスープを配っていた。
キアにいい格好する為に頑張る姿を見て、「おーい!キアちゃんは男だぞ~」と、ヤマギは気の毒そうに今日も小さく呟く。
午後3時、お待ちかねのお客さんの馬車がやって来た。
昼食時間に打ち合わせしていた通りに全員が動いていく。キアは看護師として病人を診察し、ハモンド神父とガルロとヤマギはケガ人の手当てを、レクスは湿布と薬草を煎じる。ギルバート神父は……邪魔にならないよう礼拝堂の掃除をし、教会警備隊の3人は教会内の警護をする。
モーリスのフィリップ神父は、教会警備隊の2人に指示を出し、捕らえていた3人を礼拝堂の真ん前で荷馬車に乗せていく。
「いらっしゃいませ。統治官屋敷の警備の方ですね。申し訳ありませんが、本日は礼拝堂での祈りは出来ません。ケガ人か病人でしょうか?」
フィリップは、神々しいキラキラオーラを放ちながら、馬車から降りてきた傭兵頭のマゴンに尋ねた。
「その3人はなんだ?」
「この者達は、教会の敷地内で暴力行為と放火をしようとした極悪人ですが……それが何か?もしかしてお知り合いですか?いえいえ、そのようなことはありませんね。その馬車は統治官屋敷のもの、このような極悪人と知り合いの訳がありません。失礼しました。で、なんの用でしょう?」
「……人探しをしている。教会内に逃げ込んでいるかもしれないので捜索する」
フィリップ神父の完璧な正攻法の対応に、少し怯んだマゴンだが、行方不明の傭兵達が、他にも教会内に居ると思っている。その証拠にこれ見よがしに礼拝堂の扉の取手には、鎖が巻かれ入れないようになっている。
「お断り致します。いったいなんの権限で教会内を捜索するのです?」
「な、何を言う。この馬車は統治官屋敷の物だと、お前も言ったはずだ!」
「だから?モーリスである私より、馬車の方が偉いとでも?それとも統治官様が来られたのでしょうか?」
モーリス様は全く動じる様子もなく、馬車の方をチラリと見てハッキリ断りを入れた。
傭兵頭のマゴンは、まさか断られるとは思っていなかったようで、両手を強く握り怒りの形相でモーリスであるフィリップを睨み付けた。
教会警備隊の5人がモーリス様を守るように集まってくる。そして剣に手を掛ける。
マゴンは「チッ!」と舌打ちし、馬車に戻ると扉を開け、中に居る人物に事情を説明し始める。すると馬車の中から怒鳴り声が聞こえてきて、マゴンは「申し訳ありません」と謝りながら深く頭を下げた。
ようやくお待ちかねの男が、怒りを滲ませた顔をして馬車から降りてくる。
「今度来た神父は、もの分かりが悪いらしい。私は統治官様の代理をしているサイシスだ。まさか私の命令にも従えないと言うのか?」
たかが事務官兼統治官補佐とは思えない、派手な服を着て領主気取りのサイシスは、不機嫌極まりないという顔で、フィリップ神父に脅しを掛ける。
教会の敷地内で治療を受けていた住民達は、サイシスの名前を聞いて顔を歪め、顔を背けたり下を向いて怯え始める。
「おや、統治官様は、いつ代理をたてられたのでしょう?それを証明できる物が有りますか?事務官兼統治官補佐のサイシスさん」
「な……貴様……この私に向かって、なんと無礼な!只ではおかんぞ!」
「サイシスさん、何か勘違いをされているようですが、ここはブルーノア教会の敷地です。たとえ統治官様といえど、勝手が出来る場所ではありません!」
モーリスのフィリップ神父は、敬称も付けずサイシスをサイシスさんと呼び、正面から堂々とケンカを売った。
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