教会の仕事(7)
次にイツキとヤマギが向かったのは、買い物をするための商店だった。そこで、警備隊の1人と合流する予定なのだ。
「なあイツ……キアさん、何故グライスには回りくどく暗号文を渡したりして、ハッキリと言わないんだい?まあ、あれで分からないとも思えないが……」
ヤマギはキアとグライスの会話が、聞き取れるギリギリの距離をとっていたので、大体の内容は聞いていた。味方だと思ったのなら、バルファー王の命令で助けに来たと、ハッキリ言えば済むのではないかと疑問に思ったのだ。
「事務官の人って、ある意味単純じゃあないと言うか……まあ今回彼等は、身内である上官から裏切られているでしょう?心の中ではバルファー王なら、こんなことを許すはずがないと信じてはいるはず……でも、人は疑心暗鬼になると、他人から来た旨い話ほど、怪しいと感じる可能性が高かったりします。今みたいに、疲れて思考能力が落ちている時こそ、自ら考えて答えに辿り着く方が、感動する心を取り戻し、物事が冷静に見えて来るはず……私は、純粋だった学生の頃に戻り、熱い思いに立ち返って欲しかったのかな……」
「う~ん……分かったような分からないような……それにしても【銀髪の双璧】のことを、よく知ってましたね?」
ヤマギはキアの話しに首を捻りながらも、イツキの情報量の多さに舌を巻く。
「軍学校には【銀髪の双璧】の活躍を熱く語る、レポル教官が居ましたから……【奇跡の世代】にアルダス様がいらっしゃるように、グライスの世代には【銀髪の双璧】が居るんだと思います」
「成る程……俺たちはアルダスのためなら何でも出来ますから」
フムフムと頷きながら、キアの言わんとすることが段々分かってきたヤマギである。
「どうやらグライスは、仲間と共にロイス少佐を討つつもりだったみたい」
「ええぇっ!クーデターですか?そんなこと話してましたっけ?」
「いいえ、わたしに視えただけ」
「・・・なるほど……」
ヤマギはそれ以上の会話は無用だと理解した。イツキという人物を、普通の常識で考えてはいけなかったと思い出した。それは神の領域だったのだ。
昼食と夕食分の買い物のため、町で1番大きな食料品店の前まで来ると、警備隊のセブルが嬉しそうに手を振り走ってきた。
「こんにちはキアさん、マギさん。工事現場は大丈夫でしたか?」
「キア様が神母様だと言っても、薄汚い目でジロジロと見る傭兵ばかりだった」
「あら、マギさん。どんなに嫌らしい視線を向けられても、私が穢れる訳ではないわ」
「でも、明らかにキア様を狙っていました!危険ですから教会から出ないでください」
「何だって!アイツら……」と呟いて、セブルは拳をギュッと握り怒りに燃えている。
「大丈夫よ!傭兵達に襲われないように、警備隊のセブルさんとエイコムさんが守ってくださるわ。町の中ではね。そうでしょう?」
キアは小首を傾げながら、セブルの瞳をじっと見詰める。
「ああ、勿論さ!任せておけ。昨夜信用できる仲間にも、教会の看護師の少女がケガ人の手当てをして回るので、見掛けたら声を掛けるようにと言っておいた」
「そうでしたの?だから工事現場からの帰り道、優しくお疲れ様ですと声を掛けて頂いたのですね」
嬉しそうに微笑みながら、キアはセブルの隣に並んで話し掛ける。
その様子を見ていたヤマギは、セブルに同情するように『おーい!キアちゃんは男だぞー』っと心の中で叫んだ。そしてイツキ君って、声変わりしないのかなぁ?とか、そう言えばヒゲも生えてないぞ……?と、疑問に思ったりするのだった。
「こんにちは、教会から来たキアと申します。暫くロームズ教会にお世話になるので、宜しくお願いします。15人分のお野菜や干し肉、スープの素等、毎日午前中に届けて欲しいのですが?ああ、パンもお願いします」
町で1番大きな食料品店に入ると、キアは店主に向かって明るく挨拶をして注文をお願いする。店には50代の店主と奥さん、30代くらいの息子さんが居た。
「いらっしゃいませ。教会の方ですか?15人分とは、ずいぶんと多いですが……」
「はい、昨日から神父様が2名と、護衛の方が4名、そして私と、お手伝いをお願いした親子、それに、午後からハビル正教会からもお客さんが来ます」
初めて会うキアの言うことが、今一つ信じられないと言う顔をしている店主に、明るくハキハキと答えるキアである。
「店主、キアさんの言うことに間違いはない。昨日から魔獣調査で来られている」
セブルはキアの横に立って、キアの言うことに間違いないことを証言する。
「魔獣調査?もしかして、その神父様は2年前にもロームズに来られていますか?」
「そうですよ店主、キラキラした神父様はモーリス様になられ、従者の神父様も2年前に来られていたそうですよ」
キアがそう説明すると、奥さんと息子さんは顔を見合わせ「町長の弟エイドさんの話は本当だったんだ!」と手を取り合って喜んでいる。
「モーリス様から頼まれたのですが、統治官屋敷に食材を納入されていますか?もしも納入していたら、量を教えて頂きたいとのことでしたが……」
キアは店主の側に近付き、店主にだけ聞こえるくらいの声の大きさで質問する。
店主はハッとして驚いたが、チラリと警備隊のセブルを見て「承知しました」と小声で答えた。モーリス様の真意は分からないが、きっと何かをされようとしているのだと店主は理解した。
「毎朝10時の納入でいいですか?」
「はい、工場長の娘さんのソルさん親子が手伝いに来てくれますので、注文はソルさんに聞いてください」
「ええぇっ!ソルさんですか?」
「はい、昨日傭兵に乱暴されそうになって、教会に逃げ込んで来られたんです。大事には至らなかったのですが、シーラちゃんが殴られました……」
「何だって!うちの孫を殴った?うちの可愛い孫のシーラが殴られたんですか?」
「えっ?シーラちゃんはお孫さんなんですか?」
どんな巡り合わせなんだろうか……ソルさんの弟のオーブさんといい、この店の家族といい、狭い町だけどソルさんの身内とは、特別な縁があるようだ……とぼんやり考えていると、気付けば、奥さんは調理台の上の包丁を握りしめ、息子さんは岩塩を割る金槌を持ち、店主は……なんで、なんで、つるはし持ってるんですか?何処の工事現場から持ってきたんです?・・・完全に臨戦態勢に入っていた。
「だ、大丈夫です!犯人はここに居る護衛のマギさんと、神父様が取り押さえて、教会の木に括ってあります。今日ハビル正教会から来られる、教会警備隊の方に引き渡します。ご、ご安心ください」
店主の次男さんは織物工場で働いていて、ソルさんと出会い結婚したらしい。女の子の孫は初めてで、それはもう可愛くて仕方ない様子である。次男さんが工事現場でケガをしてから、傭兵に付き纏われているソルさんを、工場で働く従業員が協力して守ってくれていたらしい。でも、いざという時は、自分達が守ろうと……それで【つるはし】が準備してあったらしい。良かった……使うことにならなくて。
「では、ソルさんとシーラちゃんは、工事現場ではなく教会で働けるのですか?」
「そうですよ。モーリス様が私だけでは無理だからと、ソルさんにお願いされたんです」
やっと安心して包丁をまな板の上に戻した奥さんは「神様ありがとうございます。モーリス様ありがとうございます」と言いながら手を組んでひざまずいた。
「それはお礼も兼ねて、直ぐに教会に食材をお持ちいたします」配達担当の長男さんが、そう言いながら張り切って野菜を箱に詰め始める。
「あのう、捨てるようなくず野菜が有りましたら、頂けないでしょうか?今日午後3時から教会の庭で、住民の皆さんのケガの手当てや、病気の治療をする予定です。せめてスープだけでもお出ししたいのですが……私は本教会から派遣された看護師なんです。えっと、一応神母の資格もあります。お祈りは禁止されて出来ませんし、礼拝堂にも入れませんが、事務官の方から許可を頂きました。お店のお客様にもお伝えください。明日もやってます」
キアは申し訳なさそうに、くず野菜をお願いしながら、教会の活動を宣伝しておく。
「そう言うことでしたら、住民の皆さんのスープの材料は、店からのお礼として受け取ってください。これで息子も安心して養生できます」
「ありがとうございます。助かります。次男さんのケガも診ますのでお連れください」
キアは深々と頭を下げ、男前の店主にお礼を言って店を後にした。
それから日用品のお店や、雑貨屋、洋品店等を回りながら、今日と明日、教会の庭で治療することを、住民に教えて欲しいと頼んで回った。
最後に立ち寄ったのは薬屋だった。残念ながらここでも、薬は不足していた。
時刻は午前11時、警備隊のセブルには、一旦警備隊本部に戻ってもらい、午後2時に教会に来て欲しいと頼んで別れた。キアはヤマギを連れて、ケガの薬草を採取しにランドル山脈へと向かった。
町の西側には、ランドル山脈から獣や魔獣が入ってこないよう、丸太を使った高い塀が建てられている。そしてその塀の1ヶ所に、山への入り口である扉があった。
当然のことながら、門の前には警備隊の者が配置されている筈である。しかし、セブルの話によると、山への入り口は警備隊の仕事から外され、傭兵だけが管理しているとのことだった。
昨日ヤマギが狩りに出掛けた時は、冒険者証を見せたら通してくれたらしい。
「こんにちは、昨日ロームズ教会に来た者ですが、薬草を採取しに山に行きたいので、通ってもいいですか?」
「お前1人か?魔獣の出る山に1人で入ると危険だ」
「大丈夫です。すぐ側の斜面までしか行きませんし、1時間以内に戻ってきますから」
傭兵の男は、キアの全身を舐めるように見てから、何やら腕を組んで考え始めた。
「いやダメだ。こんな危険な山に少女1人を入れる訳にはいかない。まあ仕方ないので、俺が付いて行ってやろう。それならお前も安心だろう」
「う~ん、どうしようかなぁ?・・・では、お願いしてもいいですか?」
キアはあっさりと傭兵の言う通りにすることにした。
傭兵は扉の鍵をガチャガチャと開けると、鼻唄を歌いだした。そして自分が先に立って歩き始める。
「ねえ門番さん。いつも1人なの?大人の男性なら狩り以外でも通っていいの?」
「ああ、ここは1ヶ月前から俺1人さ。いろんな奴が通るが、狩りが殆どで、たまに薬屋の夫婦が薬草を採取しに来るくらいだな」
『成る程……ではアナタがレガート国へ向かおうとした人達を、殺したってことね』
歩き始めて10分、傷用の薬草があったので、キアはせっせと摘んで袋に入れ始める。
傭兵はニヤニヤしながらキアの薬草採りを見ていたが、辺りをキョロキョロと確認し、目的達成のために声を掛けてきた。
「あっちの方に薬草が有ると、薬屋の夫婦が言っていた。少し平らでいい具合に草も生えていて、寝転がっても大丈夫らしい。きっとその草の中に薬草が有るのだろう」
「ええ確かに。平らでいい場所ですね。ケガも少なく済みそうで幸運だったわね」
キアはにっこり笑って、まるで誘うようにその場所へと向かっていく。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話から新章スタートです。助っ人に投石機設置部隊が加わり、賑やかになりそうです。




