教会の仕事(5)
ロームズ教会で、フィリップとヤマギが住民の話を聴き出し、イツキとハモンドが傭兵から黒幕が誰なのかを吐かせていた頃、ハビルの街に向かったレクスは、無事にハビル正教会に到着していた。
夜の訪問であり、戦争後は警戒が厳しくなっていた為、教会警備隊員に呼び止められた(怪しい奴認定された)レクスだったが、ロームズ教会から来たと告げて、なんとかファリス様ではなく、モーリスのギルバートに面会することが出来た。
「それで、ロームズ教会の人間でもない貴方が、ファリス様に何のご用でしょう。時間も遅いので明日の朝もう1度おいでください」
モーリスのギルバート神父は、30代後半くらいの年齢で、銀色の瞳でレクスを探るように見ながら、冷静……冷たい感じで追い返そうとする。
「ファリス様に、火急の手紙をお持ちしました。イツキ様からの手紙だとお伝えくだされば、必ず会っていただけると思います」
どこから見ても冒険者風のレクスは、落ち着いて胸元からチラリと手紙を取り出し、また直ぐにしまった。
「火急の手紙?」
ギルバート神父は、益々怪しいような気がして眉をひそめた。が、しかし、どこか自信あり気に面会を希望する目の前の男は、立ち居振舞いが冒険者のそれとは違う気がして、念のためにファリス様に確認することにした。
10分後、ギルバート神父は息を切らしながら、レクスの待っていた部屋のドアを開け、乱れた息を整えてから声を掛けた。
「大変失礼しました。ファリス様がお会いになるそうです。ご案内いたしますのでどうぞ」と、丁寧な言葉遣いで返答し、レクスを執務室まで案内する。
ファリス様の執務室は、ロームズ教会の執務室の倍の広さがあり、左右の壁にある本棚には、ズラリと本が並べられていた。正面の執務机も重厚感があり、その前に置かれている応接セットも、美しい織物のカバーが掛けられ、3人座りの椅子がテーブルを挟んで、1人座りの椅子2脚と向き合うように置かれていた。
レクスは礼を取り、イツキの指示通りレガート国王宮警備隊所属、レクス・マリデ・ポルトと所属と本名を名乗った。そして胸元から手紙を取り出し、「お返事を頂くよう言付かりました」と言ってファリスのシーバス様に渡す。
シーバス様はレクスに椅子に座って待つよう言うと、執務机につき直ぐに封筒を開封し手紙を読み始めた。
ドアの前に立ってファリス様からの指示を待っているモーリスのギルバートは、レクスの正体を知って驚いていた。
ただの冒険者とは何かが違う気がしていたが、まさかレガート国の、しかも王宮警備隊の者であったとは……だが他国の王宮警備隊の者が、どんな火急の用件でやって来たのか……ギルバートには手紙の内容の推測すら出来なかった。
シーバス 様
ロームズの町はギラ新教に乗っ取られようとしています。既にロームズは傭兵に管理され、住民が人質になっています。ハキ神国の第1王子オリの別邸建設に、全住民は奴隷のように働かされ、教会内であるにも拘わらず、子供や女性に暴力を振るうような傭兵が支配しています。
至急教会警備隊を5名以上派遣してください。本教会から医師・看護師の派遣も必要です。
ロームズ教会のクリム神父が、我々と入れ替わりでハビル正教会に向かったようです。無事に辿り着いていたら保護してください。
現在住民は教会での祈りを禁止されているので、2年前の戦争で亡くなった方への祈りも出来ておりません。5月30日の午後、教会に住民を集める予定です。信頼できる神父を派遣してください。
詳しい状況は、レクスからお聞きください。
ロームズをギラ信教に盗られると、ブルーノア教会は苦境に立たされるでしょう。
ここは、全力で潰しにかからねばなりません。よろしくお願いいたします。
同封の通信文を、レガート王までお願いします。 リース イツキ
シーバス様は手紙を読むと、拳を強く握り左の拳を額に当て、何か考え込むように3分間無言の後、手紙をモーリスのギルバートに渡された。そして掌サイズの通信文を読み始めた。
バルファー王 様
ロームズに建設中のハキ神国オリ王子の別邸を、レガート国立医学大学にしたいと思います。学長としてハキル様を至急招喚ください。統治官・警備隊隊長他、幽閉又は殺害の疑いあり。新統治官、警備隊の派遣をお願いします。 イツキ
『イツキ様は、事件を解決された後のことまで、既に考えておられるのか……』シーバスはフーッと大きく息を吐くと便箋を取り出し、出すべき指示を箇条書きにしていく。
手紙を読み始めたギルバートは、信じられない手紙の内容に顔をしかめながら、こんなことは有り得ないと疑った。がしかし、最後に手紙を書いた人物がリース様なのだと分かると、一瞬驚いた顔をした後、慌てて深い礼をとった。
「レクスさん、ロームズの人々は、本当に教会での祈りを禁止されているのですか?」
「はいギルバート神父、この1ヶ月は誰も教会に来ていないと思います。私も今日ロームズに到着したばかりで詳細は分かりませんが……イツキ様はランドル大陸の中でも、ロームズほど敬虔なブルーノア信者はいないだろうと仰っていました。だからこそ、神を信じてここまで耐えられたのだと……」
レクスはそう答えながら、今日ロームズで見たこと経験したことを、シーバス様とギルバート神父に話した。
「そこまで、そこまでするのかギラ新教は・・・」
レクスの話を聞いたシーバス様は、祈りの禁止や強制労働、教会の敷地内で起きた暴力事件等、あまりの衝撃に言葉が続かなかった。
「ファリス様、私をロームズに派遣してください。全力でお仕えいたします」
「ギルバート神父、イツキ様は厳しいお方だ。お前には務まらないだろう…………だが、お側で学ばせて頂ければ、お前に足りないものが分かるかもしれない。神より授かりし能力を役立ててきなさい。イツキ様に逆らうことは、神に逆らうことだ。命を懸けて働きなさい」
シーバス様はそう言われると、箇条書きにした用紙をギルバート神父に渡された。その用紙には、明日出発する人選や所持品等が書かれていた。
「シーバス様、イツキ様のハヤマを連れてきました。明日の早朝、ロームズに向けて飛ばして頂きたいとのことです」
「承知しました。それで今回イツキ様は、どういう身分で潜入なさっているのでしょうか?」
「はいシーバス様……教会の手伝いの……手伝いのしょ、少女として潜入されています」
レクスは言うべきかどうか迷ったが、嘘は言えないので真実を伝えた。
ファリスとモーリスの2人は、一瞬「はぁ?」と言う顔をしたが、それ以上何も突っ込んでこなかった。
翌5月28日の朝、大聖堂の前には教会警備隊の者が6名と、薬剤を持ったギルバートが整列していた。
「これよりレガート国ロームズに向け、住民救護と教会内で暴力を振るう者達を捕らえに向かう。ロームズでは既に赴任されているモーリスフィリップ神父に従うように。またギルバート神父はフィリップ神父と力を合わせ、住民の救済を優先せよ」
「「はいファリス様。必ず任務を全ういたします」」
シーバス様の指示に、ギルバート神父と警備隊のリーダーが礼をとりながら応えた。
レクスとギルバート神父、警備隊の4人は教会の馬車に乗り、2人は辻馬車でロームズへと向かうことになった。
◇◇ ロームズ工事現場 ◇◇
その頃キアはヤマギと、モーリスのフィリップはガルロを連れて、工事現場を見回りしていた。
「おはようございます。昨日から教会でお手伝いをしているキアです。午後3時から教会の庭で、ケガ人の手当てをします。病気の方も遠慮なく来てください。私は教会看護師なので治療代はいただきません」
朝から元気に明るくキアは住民たちに声を掛けていく。住民達は看護師だと言う若い娘の笑顔に、元気付けられ一瞬笑顔になるが、直ぐにどの顔も曇っていく。
「でも看護師さん、私たちは教会で祈ってはいけないと……統治官様から命令されています。だから教会には行けません」
「そうです……わしらは礼拝堂に入ることを禁止されております」
子供を連れた若い母親と、60歳を越えた男性が、悲しそうに訴えてきた。
「あら皆さん、私は教会の庭で治療しますし、お祈りはいたしません。ですから、統治官様のご命令には逆らってはいませんわ」
キアは優しい笑顔で、さらりと、しれっと大丈夫だと言う。
それを聞いた住民たちは「えっ?そうなの?」とか「大丈夫なのか?」と半信半疑ながらも『そうかも』と思い始める。
「おい、そこの女!何をしている?お前は誰だ?何故働いてないんだ!」
ガラの悪そうな傭兵が早速やって来た。イツキは「いらっしゃい」と心の中で返事をして、小者そうな男にちょっとがっかりする。
「おい失礼だぞ!この方は本教会直属の看護師であり、神母様であられる。教会の活動を邪魔するなら、国王の許可を取ってこい」
「はあ?国王の許可だあ?お前は何者だ」
「俺は神母様の警護の者だ。神母様に無礼を働くことは許さない!」
強面のヤマギが、ハッキリとしかも凄むように言うので、傭兵の男も直ぐに言葉が返せない。しかも、神母様という言葉を聞いた住民たちの、刺すような非難の視線が一斉に注がれてしまう。
ロームズの住民は、教会の神父様や神母様を尊敬し敬っている。しかもまだ若い上に、看護師までされている神母様に対する暴力など、決して許せるはずがなかった。何かあれば、命に替えてもお守りすべきだと思っている。
「ロームズは、神に愛された土地です。苦難も多いですが必ず平穏が訪れます。元気な人はケガ人や病人を、教会の庭に連れてきてくださいね」
キアは住民に向かって、再び笑顔で話し掛けた。そしてゆっくりと大きく頷く。キアが頷くのを見た住民達は、『本当に?本当に平穏が訪れるの?』と、心に希望の火を点してゆく。
「何を騒いでいる。お前は誰だ?」
傭兵ではなく、事務官のような身形の男が、ヤマギを警戒するように話し掛けてきた。
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