教会の仕事(2)
神父の執務室に通されたセブルとエイコムは、長椅子に腰掛けて神父様からの言葉を待っていた。予想以上に若い神父様だが、元々ロームズに居たクリム神父より、鍛えられているように見えた。
「私はモーリス様の従者として、共に魔獣調査をしながら旅をしています。間もなくモーリス様がお帰りになるので、もう暫くお待ちください」
神父のハモンドは、あまり喋って自分の身分がバレるのを用心して、静かにクリム神父が書いていた日誌を読むことにした。
日誌の最後のページには、《このままでは住民が死んでしまう。この窮状をなんとかハビル正教会のファリス様に訴えなくては》と書いてあった。やはりクリム神父は、ハビルの街に向かったようだ。
「お待たせしました。被害者の女性が面談出来そうなので、隣の応接室に移動をお願いします。それからロームズの警備隊は、残念ながら住民からあまり信用されていません。ですから……レガート国警備隊の真の正義と優しさを見せてあげてください」
キアはノックして執務室に入ってくるなり、容赦ない言葉と一緒に、被害者を気遣う言葉を添えて頭を下げた。
「勿論だ。住民を守れなくて警備隊員とは名乗れない」
1度目覚めた警備隊魂を奮い起たせて、好青年のエイコムはキリリとした顔で応える。
「任せてくださいキアさん。女性に優しく親切にするのは得意です」
茶髪の前髪を整えながら、セブルは今度こそ正義を貫こうと言葉に力を込めた。
キアは応接室に2人を案内すると自分は立ち会わず、10分後に応接室のドアをノックした。2人を信じて取り調べを任せ、頃合いを見てお茶を出しに来たのだ。
ソルは再び泣いていたが、取り乱すことなく落ち着いて話しが出来たようで、入室してきたキアの顔を見て、ほっとした表情を向けてきた。
「エイコムさん、セブルさん、1度本部に戻ってから、もう1度ここに来ることは可能ですか?本部のお仕事もおありでしょうから、仕事を終えた午後6時頃に、また来て頂きたいのですが。下手ですが……あの……夕食を作るのでご一緒に……えっと、モーリス様にも会って頂きたいので……」
さっきまでの怖い……容赦ない何様ですか的な少女は、なんだか恥ずかしそうに、はにかんで食事のお誘いをしてきた。可愛い子だと思っていたが……めちゃくちゃ可愛いじゃないか!……と、独身の2人は思ってしまった。気の毒なことである。
「「はい、絶対に伺います」」同時に仲良くハモる……可愛そうな2人だった。
2人を見送ったキアは、ちょうど狩りから帰ってきたヤマギの獲物(野生の鶏)を使って、ソルさんに夕食の準備をお願いする。
ヤマギはその間に髪を染め、夕食の準備を終えたソル親子を自宅まで送り届けることになった。
「ドグの奴、俺の髪をこんな色にしやがって!」と怒りながらヤマギが執務室に入って来た。見ると髪は緑色に染まっていた。どうやらグレーに染まると聞いていたらしい。
「そのくらいのインパクトがあった方が、正体がバレなくていいと思うわ。それに似合ってると思うけどなぁ……わ・た・し」
天使のような微笑みで、キアは両手を頬に当て少し首を傾げてヤマギに言う。分かっているのだが、その顔と仕草に、何も言えなくなってしまうヤマギである。ここにも日頃女性に縁の無い、気の毒なおじさんが居た。
「キアさん、止めてくださいね、そういうの。警備隊の2人も、なんだかニヤニヤして帰って行きましたよ」
心配性の兄……ではなく弟子のハモンドは「は~っ」とため息をついた。
「あら神父様、わたし一生懸命に仕事をしているだけですわ!失礼しちゃう!」
キアは悪びれることなく、クリム神父の日誌を読みながら、むくれた振りをする。そして立ち上がると、ハモンドが見付けていた2年前に使用した顔料を、ヤマギの鼻の横に厚目に塗って黒子を書いた。
夕食が出来上がるまで3人は、執務室の窓の外に罠(近付くと音が出る)を仕掛けることにした。
窓の外の罠が完成した頃、モーリス様のフィリップが帰ってきた。そして入れ替わるように、ヤマギはソル親子を自宅まで送っていった。
イツキ、フィリップ、ハモンドは、午後からの任務について簡単に報告し合う。
執務室内で行われる会議は、罠により安全が確保されたとして、普通に会話することにした。ハモンドがキアの話し方では集中できないと文句を言ったからだ。
先ずはハモンドが作成した地図を使って、フィリップが工事現場の場所や統治官の屋敷の場所に印を付ける。そして地図を指差しながら、町の様子を報告していく。
「工事現場でレガート軍ロームズ本部の、事務官グライスに会いました。なかなか腹の探れない奴でしたが、少なくとも【ギラ新教徒】ではなさそうでした。まあ貴族ではありませんし……例の暗号文を渡しておきました」
「フィリップさんが探れない人ですか……面白いですね。確か事前調査で年齢は38歳だったはず……間違いなく暗号が読めるでしょう。あの暗号は、バルファー王とエントン秘書官が上級学校時代に、春大会で解いた暗号と同じです。王様と秘書官は39歳、必ず同時期に上級学校に居たはずです」
イツキはギニ司令官に、レガート軍(国境警備隊と事務官)で働く駐在員の氏名、年齢、学歴等、分かる範囲を調べてハモンドに持たせて貰うよう事前に頼んでいた。
レガート軍事務官のグライスは、平民ながらもラミル上級学校を卒業していたのだ。
「それにしても王様が上級学校時代の、春大会の暗号文なんてよく分かりましたね?」
「ハモンド君?君は上級学校時代、春大会の前に、事前に過去問を調べなかったのかな?」
この話し方は軍学校の先生をしていた時の、イツキ先生の話し方である。
「ええっ?も、勿論調べました。5年前くらいまで……は……」
「ふーんそうなんだ。僕は過去30年は調べたよ。だから覚えていたんだけど」
それくらい当たり前だろうという顔をするイツキに対し、でもイツキ先生はまだ1年生……春大会には出ないのに調べたのですか?と尋ねそうになったハモンドは、言葉を飲み込んだ。そんなことを言ったら叱られるだけだ。
「イツキ様、いえイツキ君、僕も暗号が解けなかったのですが……あの紙には何と書いてあったのですか?」
「フィリップさんも、過去問はあまり勉強しない派でしたか?」
「いえ、うちのグループには暗号問題の天才と言われた、アルダス様がいらしたので」
「成る程…………あの紙には【忠実な行いとは、誰が決めるのだろう。正義は友の為にある】と書かれていました。あの時代の暗号問題に【正義の行いとは、誰が決めるのか?真の友に恥じない行いこそ、正義である】という解答がありました。この文中の友とは、皇太子だったバルファー王のことを指していたのだと思います」
イツキは感慨深そうに、昔の暗号問題の解答を語った。
「ではグライスに、正義はバルファー王の為にあると伝えたのですか?」
「それもあるが【忠実な行いとは】という部分に、イツキ君の深意が有るのでは?」
「そうですね。でも、それはグライスの受け取り方次第でしょう。彼が既に友ではない……又は、友であろうと努力しているのか……後者であれば、きっと教会を訪ねて来るでしょう」
ハモンドの意見にフィリップも意見を重ね、イツキが最後に期待を込めて、グライスが教会に来てくれることを願うように言った。
ちょうどその時、執務室棟のドアが開く音がして、先行し潜入していたガルロを連れて、ドグが戻ってきた。驚いたことに、ガルロは両肩と右腕を負傷していた。
「どうしたのですガルロさん。誰に?いや、どうしてケガをしたのですか?」
イツキは慌ててガルロの元へ駆け寄った。が、ガルロはその少女に心当たりがなく、戸惑いの表情を見せた。
「うん、やはり変装を得意とするガルロを持ってしても、分からないとは……まあ、俺達には女装はできねえしな」
ドグは納得したような感心したような顔で、腕組みをして頷きながら言う。
ドグを含めフィリップ、ハモンドも、気の毒そう……いや顔が半分笑い出しそうになるのを無理矢理堪えて、プルプルしながらガルロから視線を逸らした。
「皆さん、ゲガをしているガルロさんに失礼でしょう!いくらわたしの変装が完璧でも、そこは「大丈夫か?」と心配するところですわ!」
キアはプンプン怒りながら、「座ってください」と優しくガルロに声を掛け、長椅子に座ったガルロのケガの状態を診ようとする。
「いや、あの・・・病院には行きましたから」とガルロは戸惑いながらキアに言う。女装というキーワードを言われても、少女にしか見えないガルロである。
とうとう我慢できなくなった皆は「ブホッ!」っと吹き出した。
「ガルロさん、安心してください。わたし医師資格も持っていますし、薬剤師資格も持っています。ハモンドは直ぐに薬草箱を持ってくる。フィリップさんはお湯を沸かしてください。ドグさんは……僕の荷物を集会所から持ってきてください」
キアは戸惑うガルロの服を無理矢理脱がせながら、てきぱきと指示を出す。
「「「了解しましたイツキ君」」」
イツキの指示に応えながら、まだ肩を震わせている仲間達は、急いで執務室を飛び出していった。
「ええぇぇっ!イツキ君?」ガルロの驚きの叫び声が、執務室棟に響き渡った。
ガルロによると、ケガは工事現場で負ったもので、疲れて倒れた住民に暴力を振るっていた傭兵から、住民を庇った時に受けたものだということだった。
抵抗せずケガを負ったガルロに「ありがとう。よく耐えてくれました」とイツキは礼を言った。ガルロは笑って「自分が勝手にしたことですから」と言って照れていた。
ガルロのケガは思っていたより重かったが、イツキはリースエルドラ様の聖水という奥の手を傷に使い、打撲による痛み止め薬も煎じてガルロに飲ませた。
みるみる内に、傷口が塞がっていく光景を見たメンバーは驚いたが、イツキがリース様の聖水であると告げたので納得し、聖水に向かって礼をとった。
イツキの治療する姿を見ていた皆は、女装というより美少女にしか見えないキアが、優しい看護師のように見えてしまった。そして何故かほっこりと癒されるのであった。別に癒しの能力【金色のオーラ】を使った訳ではない。
そうこうしている内に、ソルを送っていったヤマギが帰って来て、その変装を初めて見た3人は、腹を抱えて大笑いした。
時刻は午後6時半、約束の時間に30分遅れて、警備隊のセブルとエイコムがやって来た。楽しい食事会の始まりである。
集会所に入って来た警備隊の2人は、思ったより人数が多いので驚いていた。
「モーリス様、警備隊のセブルさんとエイコムさんです。お2人にはこれから、色々とお世話になると思います。セブルさん、エイコムさん、モーリス様と神父様以外は、皆さん警護の方です。今日新たにもう1人増えたので、警護の方は4人になりました。宜しくお願いします」
にっこりと淑やか?に、キアは警備隊コンビに笑顔を向けた。そして全員の皿にメインの鳥スープを注ぎ始めた。
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