支配者と住民(4)
傭兵の男はニヤニヤと、まるで獲物を見付けたような表情で、キアに話し掛けた。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんはその男をどうしたいんだ?」
傭兵の思惑はこうだ。キアに便宜をはかって、自分を信用させた上で思い通りにし、当然捕らえられている仲間の男を救い、男には恩を売る・・・一石二鳥の事件であると。こんな少女などチョロイものだと思ってしまった。
「どうしたい?それを聴きに来たのは私の方ですが……」
キアは不思議そうに首を捻って、逆に問いを返した。その仕草もなかなか可愛かった。
「ああ、質問の仕方が悪かったな。刑罰にもいろいろ有るので、俺の力を持ってすれば、お嬢ちゃんの望む刑罰を与えられるかもしれない……まあ、そういう意味だ」
「では、私が目の前で殺してくださいと言ったら、殺して頂けるのでしょうか?」
「いや、それ程の罪では死罪には出来ない・・・だが・・・そうだな、そんな極悪人は生かしておいては町の為にならない。どうしてもと言えば・・・こっそりと森の中で始末することは可能だ。ただし、お嬢ちゃんが森の中まで1人で付いて来れたらだけど」
傭兵の男は垂れそうになる涎を溢してはならないと、左手を口元に当てる。
「どうして1人なのですか?教会には警護の者が居ますので、3人なら行けますわ」
「いやいや、これは本来の刑より重すぎるので、極秘に行わねばならないのだ」
「…………極秘に……」
キアは考える振りをしながら、傭兵の男の後ろに居る制服を着ている2人に、尋ねるような視線を向ける。傭兵が何を考えているのか、警備隊員に分からない筈がない。
警備隊員の2人は、キアの視線を受けてブンブンと小さく首を横に振る。一応まだ良心は残っているようだとキアは確認した。
「そうですね、死罪は少し重すぎますね……では、2日間役所の前で晒し者にしてから、国外追放ではどうでしょうか?」
「えっ?死罪はもういいのか?しかし、それでは男が国外追放になったと確認出来ないのでは?・・・ああ、追放される所を確かめに来れば良いのだ。追放はハキ神国側の林の奥で行うからな」
どこまでも、目の前の少女の陵辱しか考えられないゲスな傭兵である。後ろの制服を着ている2人は、再び首を横に振って、両手の人差し指を使ってバツを作っている……
「そうですか……でも私は教会の仕事がたくさんあって、抜けられそうにありません。もしも、今日お越しになられたモーリス様に許可を取っていただければ……モーリス様がお許しになればいいですよ」
「モーリス……ああぁ……そ、そうだな」
話がなんだか都合の悪い方へ進もうとしていると感じた傭兵は、何か上手い策はないものかと隣の仲間を見る。しかしキアは、これ以上無駄な時間は必要ないと判断した。
「この事件は教会の敷地の中で起こったものです。ですから本来ブルーノア教会は、教会独自の法で裁き、それを警備隊に届け出れば良いだけなのです。でもモーリス様は私に仰いました。レガート国の警備隊員の正義を見せて貰おうと」
キアはそう言いながら、視線をずっと制服を着ている隊員に向けている。真っ直ぐな瞳で……正義を見せろと。
「……教会の法で裁く」
ゲスな傭兵は黙り込んでしまった。どうやらギラ新教徒ではないようだが、バカにしていた教会の力を、ほんの少しだけ思い出したようである。
「それなら教会の法で裁かれる方が良いでしょう。我々はそれを容認する」
警備隊員の1人が大声で叫んだ。そうすれば目の前の少女を救えるだろうと思って。
声を聞いたゲス野郎……ゴホゴホ…傭兵の男は、椅子から立ち上がりツカツカと警備隊員の元へ行き、睨み付けながら「黙れ!」と声を荒げた。
しかし警備隊員の2人は、傭兵が思っても見なかった態度をとり驚かせる。
「お嬢さん、教会まで送りましょう。モーリス様に教会の法で裁いて頂くよう、我々が直接お会いしてお話しいたします」
傭兵の男を無視して、2人の警備隊員はキアの元へと歩き始めた。
「お前ら!俺の獲物を……勝手なことをして、ただで済むと思っているのか!」
ゲスな男はゲス以上にバカだった。自らキアを俺の獲物と言ってしまったことに気付いてないのか、「こんな奴等の話を聞いてはいけない」と隊員を威嚇しながら、キアに注意を促す愚か者だった。
「申し訳ありませんが……そこのあなた。そうあなたと隣のあなたもです。私は始めに言いましたよね?警備隊の方と話したいと。あなた達は警備隊員ではありませんよね?」
キアは急に表情を変え、完全に上から目線で2人の男に向かって話し始めた。
「な、な、何を言う!俺は警備隊を管理するものだ」
「管理?管理と言ったのですか?では、レガート国の警備隊長を連れて来なさい。確認できるまで、あなたを警備隊員とは認めません。どうしてもと信じて欲しいと言うなら、【レガート国警備隊憲章】を言ってご覧なさい。言えたら森の中でも林の中でも付き合ってあげるわ」
虫けらに話し掛けるが如く冷たい声で言いながら、先程までの可愛い少女の姿は、もうそこにはなかった。
「さあ言える?早く言って!言えないでしょう。たかが傭兵ごときに、レガート国の警備隊の志を語れる訳がないわ。さあ、レガート国ロームズ警備隊の隊員さん、警備隊憲章を教えてあげて」
これが最後通告よという意味を視線に込めて、キアは2人の隊員を見据える。
「レガート国警備隊憲章!1つ、我々警備隊は、如何なる時も国民の手本となり、正義を実行すること。2つ、我々警備隊は、国民の生命と財産を守る盾となり、悪を恐れず立ち向かう……立ち向かう……ものな……なり」
先程キアに教会まで送ると言った隊員は、声を詰まらせ泣き始めた。声は上げないが溢れ出る後悔の涙は止まらない。
「3つ、我々警備隊は、警備隊員としての誇りを……誇りを忘れず……良心に恥じる……恥じることなく、不正を見逃さず、不正に……て、手を貸してはならない。ううっ……」
もう1人の隊員は、堪らず声を上げて泣き出した。恥ずかしくて恥ずかしくて、そして自分が許せなくて・・・零れる涙を拭こうともせず、虐げられているロームズの住民を守れない、いや守ろうと戦わなかった自らの過ちを悔いて泣いた。
「それでは、制服を着た2人の警備隊の方、もしもまだ警備隊員としての誇りがあるなら、私を教会まで送ってくださるかしら?神様は懺悔する者を、きっとお救いくださるでしょう」
慈悲深い聖女のような顔をして、キアは2人の隊員にお願いした。
ドアの外で様子を窺っていたドグは、何故か目頭を押さえていた。そして自分ではイツキのような真似は出来ないと、心から感服するのだった。
「ちょっと待ちな、お嬢ちゃん!はいそうですかと帰れると思っているのか?」
男はそう言いながらキアの腕を強く掴み、捻り上げようと力を入れてしまった。
「痛い!何か勘違いをされているようですが、私は教会で働く者です。その私に暴力を振るったり辱しめる行いをすれば、あなた達だけではなく、後ろに居る全ての者達と、教会は全面的に戦うことになります。教会の警備隊だけでも1万人、賛同する貴族や住民による義勇兵も入れると、ランドル大陸の半数を敵に回しますが…………勝てます?自分の愚かな行いで、仲間を皆殺しにする覚悟は有るのかしら?」
「「…………」」
圧倒的な勝利だった。口論でイツキを言い負かせる筈がないのだ。
雇われた者達は、自分が強者側に付いていると思っているからこそ、好き勝手に出来るのだ。負けることなどない、絶対的な力が、権力者が付いているからこそ従っているに過ぎない。
「ああ、あなた達、このことを自分の上司に報告したら・・・消されるわよ。間違いなく。私だったら今直ぐ、誰にも見られないように姿を消すわね」
憐れむように2人の傭兵を見て、キアは容赦なくはったりをかました。傭兵達の上に立つ者など知らないキアだが、傭兵達の顔色が悪くなったところを見ると、強ちはったりではなかったようだと確信する。
警備隊本部を出たキアと2人の警備隊員は、教会へ向かって歩き始めた。スッと寄って来たドグの姿に驚いたが、教会の警護の者だと名乗ると、安堵の息を吐いた。
2人の隊員の心は重かった。これまでの行いを振り返ると、逃げ出したい思いにも駆られる。久し振りに自ら口にした【レガート国警備隊憲章】が心に突き刺さっていた。
「逃げていては何も変えられません。償うことが出来るから、神は許しをお与えくださるのです。貴殿方がまだ正義の心を失っていなかったことを、神様に感謝申し上げましょう」
それでもキアは笑っていなかった。今現在も苦しんでいる多くのロームズの住民のことを思うと、無力な自分が悔しかった。
しかし、サイシス伯爵の真の狙いが分からなければ、迂闊に制圧することも出来ないのだ。後ろに居る【ギラ新教】の目的も探らねばならない。
目の前の命と、敵の動向を探ることを天秤にかけるような現実に、キアの心は重く沈んでいく……それでも1歩、先ずは1歩から歩き出すしかないのだと、見えてきた教会の鐘を見ながら思うのだった。
警備隊本部に居た2人の傭兵の消息は、あの時以降プツリと途絶えたらしい……
◇◇ 領主屋敷工事現場 ◇◇
領主屋敷らしき建物は、既に2階部分まで建ち上がっていた。建物の大きさは何階建てになるのかで違ってくるが、もしも3階建てなら、その大きさは上級学校の特別教室棟くらいだろう。1階の部屋数は多くはないが、2階は10部屋くらいありそうだ。
何度見てもフィリップには、まだその全容が見えてこなかった。
「こんにちは、皆さんお揃いでお仕事ですか?お疲れ様ですね」
眼鏡を外したフィリップ……いやモーリス様は極上の笑顔で、今にも倒れそうになっている老人と10歳くらいの男の子を連れた母親、そして指先から血を流しながら煉瓦を運んでいる30代の男に声を掛けた。
こんな場所で、こんにちはなんて気の抜けた挨拶をしてくる人間に、4人とも心当たりがなかった。『この忙しい時に誰だ?』とか『勘弁してくれ』と思いながら、嫌そうに疲れた視線を向ける。
「・・・!」
「・・・貴方様は!」
「き、奇跡の、あっ……2年前の神父様!」
「はい久し振りに戻って参りました。モーリスになり、最後の魔獣調査に来たのです。ご安心ください。神はいつも皆さんの有り様を見守っておられますよ」
いつものキラキラした笑顔で、モーリス様は優しくそう言うと、持っていた小さな鞄から白いハンカチを取り出し、ビリビリと惜し気もなく裂いて、怪我をした男の指を包帯のようにくるんでいった。
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