第7話〜必ずや取り戻してみせましょう
「森の魔物を討っていただきたいのです」
村長の言葉に、アメシスはすぐには答えなかった。村長を見つめる紫の瞳がわずかに細まり、柔らかだった顔つきがすっと引き締まる。
「どういうことでしょうか」
「半年ほど前から、森の獣が妙に荒々しくなりました。ときおり村の近くまで下りてきては、囲いの柵を壊し、畑の作物を食い荒らすようになったのです」
村長は森の方角へ目を向けた。
「幸い、大きな怪我人は出ておりません。追い立てれば森へ戻っていきましたので、それまでは我々だけでも対処できていたのですが……半月ほど前から、今度は村の家畜が姿を消し始めました」
「家畜が?」
「馬や牛、羊に山羊……鶏までです。夜のうちにいなくなり、朝には空になった納屋や囲いだけが残されている。大きな家畜を入れていたところでは、繋いでいた縄が引きちぎられ、木戸や柵も壊されておりました」
「魔物に襲われた跡は?」
「それが、血も毛も残っておりません。争った形跡もないのです。ただ、家畜の足跡だけが森へ続いています」
「まるで、自分たちから森へ入っていったみたいに……」
「実際に、それを見た者もおります」
村長の後ろにいた男が、一歩前へ出た。
「夜中に大きな音がして、様子を見に出たんです。そうしたら、牛が繋ぎ縄を引きちぎって、柵を突き破って出ていくところでした。呼び止めても、追いかけても、まるでこちらの声が聞こえていないようで……そのまま森の中へ入っていきました」
「ほかの家畜も?」
「ええ。見た者の話は、どれも同じです。家畜たちは怯えて逃げたわけでも、何かに追われていたわけでもない。ただ何かに呼ばれているように、揃って森へ向かったと」
アメシスは僅かに眉を寄せた。
「連れ戻すことはできなかったのですか?」
「家畜の足跡を追って、村の男たちが森へ入りました。ですが――」
村長の声が、そこで重く沈んだ。
「森の奥で、巨大な魔物を見たそうです。獣の姿をしていたものの、普通の獣とは比べものにならないほど大きな影だったと。とても近づけるような相手ではなく、男たちは引き返すほかありませんでした」
「ただの魔物ではないのかもしれませんね。森の獣や家畜を操る力を持つ魔族……か」
「我々も、その可能性を考えてはおりました。あの魔物が森の獣を荒ぶらせ、いまは村の家畜まで呼び集めて餌にしているのではないかと」
村長は深く頭を下げた。
「我々では、とても太刀打ちできません。近隣の町へ討伐を頼もうにも、いつ来てもらえるか……。勝手なお願いだとは承知しております。勇者様が旅の途中であることも」
村長の後ろで、村人たちも揃って頭を下げる。
彼らは縋るような思いで、アメシスの返答を待っていた。
「皆さんの嘆き――このアメシスが、確かに受け取りました」
朗々と響く声に、村人たちが顔を上げる。
アメシスは胸元に片手を当て、静かに一歩を踏み出した。
穏やかな風が広場を渡り、蜂蜜色の三つ編みと外套の裾を揺らす。木々の隙間から降り注いだ陽光が、その身を祝福するかのように包み込んだ。
「もはや、恐れることはありません。森の奥にいかなる魔が潜んでいようとも、精霊とともに魔に立ち向かう“勇者”が、いまここにいるのですから」
蜂蜜色の髪と紫の瞳が木漏れ日を受け、キラキラと眩い輝きを放つ。
「“紫水晶の勇者”――このアメシスが、皆さんの奪われた穏やかで平穏な日々を、必ずや取り戻してみせましょう!」
胸に当てていた手を村人たちへ差し伸べ、アメシスは高らかに宣言した。
「魔族や魔物の脅威から人々を救い、その笑顔と幸せを取り戻すことこそ、私に与えられた使命なのですから!」
一瞬の静寂のあと、村人たちの顔に希望が満ちていく。
子供たちは目を輝かせ、眩しいものでも見るようにアメシスを仰いでいた。
一方、木の根元に座ったまま話を聞いていたオニキスは、「また始まった」とでもいうように額に手を当てた。
「……テメェ、自分の旅の目的を忘れてねえか?」
「私の目的?」
アメシスが不思議そうに振り返り、首を傾げた。
「魔族に悲しまされている人々を救うことだけど?」
「そうじゃねえだろ!!」
先ほどまでの眠気もどこへやら、オニキスは立ち上がるなり、アメシスの隣までずかずかと歩み寄った。
「ダレルのクソ野郎どもを追いかけてたんじゃなかったのか!? 行く先々で余計なことに首を突っ込んでたら、いつまで経っても目的地に着かねえだろうが!」
「ダーちゃんたちに追いつくのも大事よ。でも、困っている人たちを放ってはいけないでしょう?」
「だからって、何でもかんでも引き受けてんじゃねえ!」
「大丈夫よ。無茶はしないから」
「前もそう言って川に落ちて風邪引いてただろうが!」
言い返されたアメシスが、わずかに言葉を詰まらせた。
「あ……あれは、相手が卑怯だっただけで……」
「それ、前に俺が言ったセリフだな」
「……それはそれ、これはこれよ」
「同じだろうが!!」
村長たちは、勇者に食ってかかる小さな少年の姿に目を丸くしていた。だが、その怒りが彼女を案じる気持ちから出たものだと気づくと、次第に表情を和らげていった。
先ほどまで広場を満たしていた荘厳な空気は、すでにどこにもない。
昼下がりの広場には、すっかり目の覚めたオニキスの怒鳴り声が、しばらく響き続けた。




