第6話〜眠てえんだよ
「俺は眠てえんだよっ!!」
昼下がりの村の広場に、オニキスの怒鳴り声が響いた。
広場の端には、枝を大きく広げた木が一本立っている。アメシスはその木陰へ腰を下ろし、旅の途中でほつれたオニキスの予備の服を繕っていた。
その隣では、オニキスが幹に背を預けて座っている。
昼食を終えて広場に足を運んだ頃から、オニキスは幼い体の習性に引っ張られるように、しきりに重たい瞼を瞬かせていた。木陰を抜けていく風は涼しく、葉擦れの音も眠気を誘う。
だというのに、ニィナたち三人は、眠ろうとするオニキスを放っておかなかった。
「お昼ごはんを食べたばっかりだよ?」
「だから眠てえんだよ」
「遊んでたら眠くなくなるよ」
「ならねえよ!」
ニィナの隣では、ハンスとジョンが地面へしゃがみ込み、拾い集めた小石を並べている。
「ねえねえ、次は石弾きしよう」
「紐跳びもまだやってないよ」
「やらねえっつってんだろ!」
再び声を張り上げたオニキスは、眠気に耐えかねたように眉間を揉んだ。
いい加減、子供たちの相手をする気も失せたらしい。幹へ頭を預けると、そのまま目を閉じた。
「寝た?」
「寝た」
「返事したよ?」
「黙れ。話しかけんな」
いつもの怒鳴り声とは違う、低く押し殺した声だった。
三人は顔を見合わせると、声を潜める。
「眠いから機嫌悪いのかな」
「朝からずっと機嫌悪いよ」
「昨日も一昨日も悪かった」
「全部聞こえてんぞ!」
オニキスが目を剥くと、三人の肩が揃って跳ねた。
さすがに、本気で眠いのだと察したらしい。三人は今度こそ話しかけるのをやめ、そっと木陰から離れていく。
それでも帰るつもりはないようで、少し離れたところへしゃがみ込み、声を抑えながら石弾きを始めていた。
「人気者ね」
隣から聞こえた、微かな笑いを含んだ声に、オニキスの瞼がうっすらと開く。
黒い目が、膝に繕いものを乗せて針を動かすアメシスを、忌々しげに見上げた。
「どこをどう見たらそうなる」
「オニキスくんが無下に扱っても、毎朝ちゃんと迎えに来てくれるじゃない。好かれてる証拠ね」
「毎朝叩き起こされてんだよ。今日なんか朝からずっと引っ張り回されてんぞ」
「楽しかった?」
「テメェ、人の話を聞いてたか?」
オニキスはそう吐き捨て、これ見よがしに溜息をつくと、再び目を閉じた。
暖かく穏やかな風が広場を抜けていく。
ほんの少し離れた場所から聞こえる子供たちの声。草葉がざわめく音――
しばらくすると、オニキスの頭が幹から離れ、ゆっくりと傾き始めた。
何度か小さく揺れた末、黒髪がアメシスの肩へ触れた。オニキスは一度だけ身じろぎしたものの、離れようとはしなかった。そのまま身体の片側を彼女へ預け、小さな寝息を立て始める。
アメシスは手元へ視線を落としたまま、オニキスが寄りかかりやすいように、わずかに身体を寄せてやった。
額に触れた肩から伝わる温かな体温と、微かな呼吸。耳の奥へ届く、穏やかな鼓動の音。
それらに誘われるように、オニキスがようやく深い眠りへ落ちかけた――そのときだった。
「勇者様」
広場の向こうから呼びかけられ、アメシスは顔を上げた。
村長を先頭に、数人の村人がこちらへ向かって歩いてくる。いずれも硬い表情をしており、ただ世間話をしに来たのではなさそうだった。
「オニキスくん、起きて」
アメシスは針を繕いかけの服に刺して手を止めると、肩に寄りかかって眠るオニキスをそっと揺すった。
「……寝てねえ」
「そっか、ごめんね。少し離れるわよ」
オニキスは不機嫌そうに薄目を開けた。近づいてくる村人たちを一瞥し、舌打ちをひとつ。アメシスの肩から身体を起こすと、再び幹へ背を預けた。
オニキスが肩から離れたのを確かめ、アメシスは膝の上の服を木の根元へ置き、立ち上がった。
「村長さん。どうかしましたか?」
「お休みのところ、申し訳ありません」
「いえ、私は大丈夫です」
「俺は休んでた」
「オニキスくんは少し静かにしていて」
「起こしたのはテメェだろうが」
アメシスが振り返って視線で窘めると、オニキスは面白くなさそうに木の幹へ背を預け直した。
村長はそんな二人を見比べたあと、改めてアメシスへ向き直った。
「勇者様に、折り入ってお願いがございます」
「私に?」
「森の魔物を討っていただきたいのです」
その言葉に、広場で遊んでいた子供たちの声が止まった。




