第5話〜あと五分
村で迎える三度目の朝も、納屋の木戸は壊れそうな勢いで叩かれた。
「オニキスー! 起きてるー?」
木戸の向こうから響く声に、オニキスは目を開いた。
「……また来やがった」
忌々しげに顔を上げると、すぐ近くにアメシスの胸と寝顔がある。
長い三つ編みは半ば解け、蜂蜜色の髪が藁の上へ広がっていた。オニキスの背中には彼女の腕が回され、小さな翼ごと抱え込まれている。
昨夜も別々の寝床へ入ったはずだった。
いつ、どうしてこちらへ移ったのかは覚えていない。だが、いまそれを気にしている場合ではなかった。
「オニキスー!」
再び木戸が激しく鳴る。
「毎日毎日、雄鶏みてえにうるせえんだよ!」
「鶏じゃないよ! ニィナだよ!」
「知ってる! そういう意味じゃねえ!」
怒鳴り返しながら、アメシスの腕を退かそうとする。
しかし、寝ぼけたアメシスは離すどころか、逃がすまいとするように腕に力を込めた。オニキスの頭を胸元へ押し戻し、頬を黒髪へ寄せてくる。
オニキスの眉間に、たちどころに深い皺が寄った。
「離せ」
「んん……あと……五分……」
「俺は起きてんだよ。離しやがれ」
「むにゃ……」
「テメェも人の話を聞け!」
オニキスの怒鳴り声にも、アメシスは目を覚ます気配すらなかった。それどころか、にへらとやたら幸せそうに笑っており、その寝顔が余計に腹立たしい。
外では、ニィナに加えてハンスとジョンまで木戸を叩き始めたらしく、三人分の声と音が納屋の中へ響いていた。
「オニキス、遊ぼう!」
「今日は何する?」
「僕、紐と石を持ってきたよ!」
「帰れっ!!」
たまりかねて腹の底から目いっぱい怒鳴った瞬間、アメシスの身体が大きく跳ねた。
「えっ……なに!? 魔物!?」
「違え。魔物よりタチが悪いあのガキどもだ」
寝起きの目を瞬かせていたアメシスは、木戸を叩く音と外から聞こえる声に、ようやく状況を理解したらしい。
「ああ……今日も迎えに来てくれたのね」
「頼んでねえ」
「オニキス、まだー?」
今なお、木戸は止むことなく叩かれている。
その音で完全に目を覚ましたアメシスは、毛布を跳ね除け、オニキスを抱えたまま起き上がった。
「いま着替えさせるから、ちょっと待っててね!」
「待ってる!」
「待つな! 帰れ!!」
眠っているあいだ、オニキスは外套を脱いでいる。長い耳も小さな翼も剥き出しで、普段はフードの飾りに見せかけている翼角も、いまは誤魔化しようがなかった。
このまま子供たちに木戸を開けられれば、オニキスが魔族であることは一目で分かってしまう。
アメシスは慌てて、寝床の脇に置かれた小さな外套を鷲掴みにした。
「ほら、腕を上げて」
「自分でできる」
「いいから、急ぐの。外で待ってるでしょ」
「待たせとけ。どうせ勝手に来たんだ」
文句を言うオニキスへ外套を着せ、背中の翼を布の内側へ畳み込む。長い耳をフードへ収め、左右の穴から翼角を通し終えるまで、アメシスの手際はよく、迷いがなかった。
「オニキス、自分で着替えられないの?」
木戸の向こうから、ニィナの声がした。
「着替えられるに決まってんだろうが!」
「じゃあ、どうして勇者様に着替えさせてもらってるの?」
「うるせえ!」
ようやくオニキスの身支度が整い、アメシスが木戸を開ける。
「お待たせ」
アメシスの声とともに納屋へ飛び込んできた三人の子供たちは、当然のようにオニキスを取り囲んだ。
こうして三日目の朝も、オニキスの眠りは本人の意思とは関係なく打ち切られた。




