第27話〜誰が好きじゃねえっつった
「どうして?」
「あ?」
「どうして私にキスしようとしたの?」
アメシスの問いに、オニキスは眉を寄せた。
「今日、大人の姿に戻ったオニキスくんを見て、改めて思い出したの。あなたは、私やダーちゃんたちを襲ったあの罪人オニキスなのよね」
「いまさら何言ってやがる」
「分かってはいたのよ。ただ、ずっと小さな姿だったから、実感が薄れていたというか……」
「やっぱり忘れてたんじゃねえか」
「忘れてはなかったわよ」
「同じだろうが」
アメシスは言い返そうとしたが、否定しきれずに口を閉ざした。
だが、いま確かめたいのは、そのことではなかった。僅かに視線を落として言葉を探したあと、アメシスは改めてオニキスへ顔を向けた。
「……私たちは敵同士だったじゃない。そのあなたが、どうして私にキスしたのか、分からないの」
「テメェがいつまで経っても、俺をガキ扱いしやがるからだ」
「子供じゃないって、分からせるために?」
「ああ」
「キスをしたら分かるものなの?」
「…………」
オニキスは答えなかった。
アメシスの紫の瞳に、からかうような色は少しも浮かんでいない。
本当に分からないから尋ねているのだと、その顔を見れば嫌でも伝わってくる。
「普通はキスって、好きな人同士でするものじゃないの?」
あまりにも真剣な声音に、オニキスは僅かに目を見開いた。
「んなモン、好きじゃなくてもするだろうが」
「そうなの?」
「ああ」
「じゃあ、オニキスくんは、好きでもない私にキスしたかったの?」
「誰が好きじゃねえっつった」
言い切った直後、二人のあいだに妙な沈黙が落ちた。
すぐ近くでは村人たちの笑い声が響き、焚き火の薪が大きな音を立てて爆ぜている。
それでもアメシスには、周囲の喧騒が急に遠ざかったように感じられた。
紫の瞳が大きく見開かれ、遅れて頬へ赤みが差していく。
オニキスもまた、余計なことを口走ったと気づいたのか、険しい顔のまま黙り込んでいた。
「それって――」
「うるせえ!」
「まだ何も言ってないわよ」
「言わなくていい!」
オニキスは乱暴に立ち上がると、アメシスの後ろへ回った。
追及を拒むように背を向けると、その場へどかりと腰を下ろし、背中合わせになったアメシスへそのまま寄りかかった。
「もう話しかけんな」
「でも、まだ聞きたいことが――」
「終わりだ!」
背中越しに怒鳴られ、アメシスはそれ以上尋ねることを諦めた。
残っていた煮込みを木匙で掬い、口へ運ぶ。
すでに料理は冷めていたが、頬に残る熱のせいか、その冷たさはほとんど気にならなかった。
――『誰が好きじゃねえっつった』
先ほど返された言葉を反芻するほど、その意味をどこまで受け取っていいのか分からなくなる。
ただ、オニキスが自分を嫌っているわけではない。それだけは確かなのだと思うと、胸の奥が落ち着かず、木匙を動かす手も自然と遅くなった。
アメシスが考え込みながら食事を続けているあいだも、オニキスは背中を預けたまま何も言わなかった。
暫くすると、背中越しに伝わる重みが少しずつ増していく。
初めはまだ機嫌を悪くしているのだと思っていたが、いつまで経っても身じろぎ一つしない。
「……オニキスくん?」
呼びかけても返事はなかった。
アメシスは動かないオニキスの様子を窺うように、僅かに顔を横へ向けた。
すると、すぐ後ろから規則正しい寝息が聞こえてきた。
「寝ちゃったの?」
朝から森を歩き、魔晶石の原石を取り込み、一時的とはいえ本来の姿へ戻ったのだ。
身体に異常はないと言い張っていたが、本人が思っている以上に疲れていたのかもしれない。
アメシスは器を脇へ置くと、背中にもたれたオニキスの身体を片腕で支えながら、ゆっくりと彼の方へ向き直った。
オニキスは目を閉じたままで、フードの中の長い耳からもすっかり力が抜けている。
眠りを妨げないよう片腕を背中へ、もう片方を膝の裏へ回し、オニキスを軽々と抱え上げる。そのまま、腕の中の身体を揺らさないよう静かに立ち上がった。
身体が持ち上がっても、オニキスは目を覚まさなかった。
それどころか、僅かに身じろぎをしたあと、落ち着く場所を探すようにアメシスの胸元へ顔を寄せてくる。
「あら。寝ちまったのかい?」
先ほど肉を多めに盛ってくれた女が、微笑ましそうに声をかけてきた。
「ええ。今日は随分と疲れたみたいです」
「ちびちゃんには大変な一日だったものねえ」
「本当に。大変な一日でした」
アメシスは小さく笑うと、まだ宴を続ける村人たちへ一足先に休むことを告げ、オニキスを抱いたまま広場をあとにした。
焚き火から離れるにつれて、背後の賑やかな声が少しずつ遠ざかっていく。
腕の中では、オニキスが何も知らずに穏やかな寝息を立てていた。




