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第26話〜本当によかった

「今日一番の功労者なんだから、ちびちゃんは肉を多めに食べな」


 宴で賑わう村の広場――その一角で、ふくよかな年配の女から差し出された器を見下ろし、オニキスは眉間に深い皺を刻んだ。


「誰がちびちゃんだ」


「遠慮しなくていいんだよ。たんと食べて立派な大人におなり」


「うるせえババア」


「オニキスくん」


 すかさずアメシスが窘めるように声をかけるが、料理を運んできた女は気を悪くするどころか、元気があって結構だと豪快に笑って去っていった。


 古城へ向かった男たちは、日が暮れ始めた頃にすべての家畜を村へ連れ帰っていた。


 長く空になっていた囲いへ牛や馬、羊や山羊が戻り、納屋からは鶏の鳴き声が絶え間なく聞こえてくる。

 子供たちと家畜が揃って無事に帰ったことを祝おうと、広場の中央には大きな焚き火が起こされ、各家から持ち寄られた料理が長机へ所狭しと並べられていた。


 大がかりな祭りではないが、村人たちの明るい声が途切れることはなく、普段より賑やかな夜となっている。


 焚き火に近い敷物の上にアメシスと並んで座るオニキスは、器へ追加された肉を暫く睨んでいたが、木匙を突き刺すと大きく齧りついた。


「きちんとお礼を言わないと駄目でしょう?」


 木匙を口へ運ぶ手を止め、アメシスはオニキスに目を向ける。

 だが、オニキスは悪びれた様子もなく、口いっぱいに肉を頬張っていた。


 やがて口の中の肉を飲み込むと、木匙を握ったままふんと鼻を鳴らす。


「俺様は頼んでねえ。勝手に寄越したから食ってやってるだけだ」


「そういうことを言わないの」


「食ってんだから文句ねえだろ」


 アメシスは呆れたように息をつくと、それ以上は言わず、手元の煮込みを木匙で掬う。それを口へ運びながら、賑わう広場へゆっくりと視線を巡らせた。


 三人の精霊は、周囲に集まった子供たちから果物やパンの欠片を渡され、楽しそうに飛び回っている。

 その傍らでは、酒の入った樽が開けられ、村の男たちが早くも木杯を掲げて乾杯を始めていた。


「オニキスくんは最初から分かってたのね」


「あ?」


 再び肉を頬張っていたオニキスが、訝しげに隣へ顔を向けた。


「あの大きな魔晶石が今回の事件の大元だった。だから真っ先に、あの魔族から奪おうとしたのよね」


「…………」


「あの石をどうにかすれば、子供たちも動物たちも助けられるって見抜いていたんでしょう?」


 オニキスはすぐには答えなかった。


 あのとき、オニキスの頭にあったのは、ゴブルでも、操られていた子供たちでも動物たちでもなかった。

 杖に据えられた拳ほどもある魔晶石の原石を、どうやって奪い取るか。それしか考えていなかった。


「さすがね。オニキスくんがいてくれて、本当によかった」


 アメシスが嬉しそうに目を細めて笑う。


 その顔を暫く見つめたあと、オニキスは何事もなかったように口の中に残っていた肉を飲み込んだ。


「まあな」


 魔晶石を手に入れたかっただけだと、いまさら訂正する必要もなかった。

 アメシスがそう思うのならば、それでいい。そう思った。


 やがて夜も更け、子供たちが親に促され、一人、また一人とそれぞれの家へ戻り始めた。

 母親に手を引かれたニィナも、不満そうに頬を膨らませていたが、オニキスへ大きく手を振った。


「オニキス、また明日ね!」


「来んな」


「明日、何して遊ぶ?」


「人の話を聞け!」


 ハンスとジョンも笑いながらオニキスへ手を振り、両親とともに広場を離れていく。

 ほかの子供たちも次々と家へ帰り、賑やかだったアメシスたちの周りは少しずつ静かになっていった。


 その一方で、大人たちの宴はまだ終わる気配がない。

 焚き火の向こうでは、酒の回った男たちが、古城まで家畜を迎えに行ったときの話を身振り手振りを交えて何度も繰り返し、そのたびに大きな笑い声を上げている。


 アメシスは器に残った煮込みを木匙で混ぜながら、隣に座るオニキスへ目を向けた。


「ねえ、オニキスくん」


「今度は何だ」


「子供たちが言っていたことなんだけど……」


 その前置きだけで何の話か察したのか、オニキスの顔が僅かに険しくなった。


「あのとき、本当に私にちゅーしようとしたの?」


「しようとしたんじゃねえ」


「違うの?」


「した」


「した?」


「ああ」


 あまりにも迷いなく断言され、アメシスは煮込みを混ぜていた手を止め、何度か目を瞬かせた。


 煙が弾けた瞬間、唇へ何かが触れたような感覚は確かにあった。

 だが、同時に顔を真正面から打った風も強く、辺りはたちまち真っ白な煙に包まれた。あの感触が本当にオニキスの唇だったのか、いま思い返しても判然としない。


「でも……風が当たっただけに感じたけど?」


「俺様がしたっつってんだから、したんだよ」


 アメシスは自らの唇へ指先を当て、なおも首を傾げたままだった。


「何かが触れた気はするのよ。でも、本当にちゅーされたのかは――」


「ガキみてえにちゅーって言うのやめろ」


「じゃあ……キス?」


「そこはどうでもいい!」


「オニキスくんが言ったんでしょう?」


「言葉の話をしてんじゃねえ!」


 怒鳴り返すオニキスとは対照的に、アメシスの表情はどこまでも真剣だった。


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