第20話〜俺様のモンだ
「そいつは俺様のモンだ」
「うむ! 魔獣帝国軍の大元帥となれば、いずれは領地の一つくらい――」
「誰がテメェの手下になるっつった」
「では、何の話をしておるのだ?」
「これだ」
オニキスの小さな手が、杖の柄をがしりと掴んだ。
「なっ!? こら、放せ!」
ゴブルは慌てて杖を胸元へ引いたが、オニキスも手を離さない。
二人のあいだで杖が横向きになり、互いに自分のほうへ引き寄せようと踏ん張った。
「これは吾輩のものだぞ! その手を離さんかい!!」
「うるせえ! 俺様の魔晶石から手を離しやがれ!」
「いつから貴様のものになったのだ!」
「俺様が見つけたときからだ!」
「人様の物に目をつけただけで、見つけたとは言わんわ!」
二人は杖を挟んで睨み合い、どちらも一歩も譲らない。
そのすぐそばで、獣たちを相手に立ち回るアメシスの様子を見守っていた子供たちも、オニキスとゴブルの騒ぎに気づいたらしい。
「オニキス、何してるの?」
「杖の取り合いしてる!」
水の膜の内側から、六人が不思議そうに二人を眺めている。
子供たちの声に混じり、オニキスとゴブルが言い争う声まで聞こえてくる。
アメシスは迫る獣をかわしながら水の膜へ目を向け、そのまま子供たちの視線の先を辿った。
一本の杖を両側から掴み、互いに自分のほうへ引こうと踏ん張るオニキスとゴブルの姿が目に入る。
その光景に、アメシスは思わずフルートを唇から離した。
「こんな時に何してるの、オニキスくん!?」
だが、演奏を中断したにもかかわらず、獣たちはすぐには襲いかかってこなかった。
先ほどまで絶え間なく迫っていた勢いは失われ、猪は踏み出しかけた脚を止め、鹿も狙いを見失ったように頭を振っている。広間を駆け回っていた小動物や鳥たちの動きも、目に見えて鈍っていた。
アメシスは訝しげに周囲を見回し、再びオニキスとゴブルへ目を向けた。
二人のあいだでは、杖が右へ左へと大きく揺さぶられている。
獣たちの動きが鈍り始めたのは、オニキスがあの杖を掴んでからだった。
アメシスの紫色の瞳が、杖の先端にある黒紫色の魔晶石を捉えた。
「オニキスくん! その杖を離さないで!」
「言われるまでもねえ! こいつが俺様のモンを手放せば終わるんだよ!」
「吾輩の杖だと言っておろうが!」
ゴブルが杖を抱え込み、全身の重みをかけて引っ張った。
「ぐ……っ」
オニキスの身体が僅かに前へ傾く。
勝ち誇ったようにゴブルの口元が緩んだ、その直後――オニキスは前へ傾いた身体を立て直すと、杖を掴んだまま一気に身を引いた。
「ぬおっ!?」
ゴブルの身体が杖ごと前へ引かれ、足をもつれさせる。
その拍子にゴブルの手が緩み、オニキスは腕を大きく引いて、力任せに杖を奪い取った。
「よっしゃあッ!!」
勢い余ったゴブルが床へ転がる一方で、オニキスは手に入れた杖を素早く持ち直した。
「か、返せ! それがなければ、吾輩の魔獣帝国が――」
オニキスは聞く耳を持たず、宝石の取りつけられた先端を石床へ叩きつけた。
硬い音が広間に鳴り響く。
一度打ちつけただけでは、魔晶石は台座から外れなかった。それでも構わず二度、三度と強く打ちつけると、原石を固定していた金具に歪みと亀裂が入り、ついにはその一部が砕けて床へ散った。
オニキスは杖を床へ倒すと、柄を片足で踏みつけ、外れかけた原石を両手で掴んだ。
僅かに力を込めただけで、大人の拳ほどもある黒紫の塊が、残った金具を引き千切って彼の手中に収まった。
「吾輩の魔晶石が!」
床に這いつくばったゴブルが、悲鳴のような声を上げる。
オニキスは手に入れた原石を眺め、満足そうに口角を吊り上げた。
そして次の瞬間、何の躊躇いもなく大きく口を開いた。
「オニキスくん、まさか――」
アメシスが止めるより早く、オニキスは魔晶石の原石に噛みついた。
ばきり、と硬いものが砕ける音が響く。
「それも食べるの!?」
「吾輩の魔晶石ぃぃぃっ!?」
アメシスとゴブルの叫びをよそに、オニキスは噛み砕いた欠片を飲み込んだ。
残った原石に再び歯を立て、ひび割れた黒紫の塊を次々と噛み砕いていく。
原石の内側から、濃密な魔力が溢れ出した。
黒紫の光がオニキスの口元から漏れ、細い喉を伝って胸の奥へ落ちていく。
一欠片を飲み込むたびに光は強まり、やがて小さな身体では収まりきらないほどの魔力が、周囲へ噴き出した。
広間を満たしていた空気が震える。
原石から城中へ伸びていた魔力の流れが反転し、操られていた獣たちから黒紫の光が次々と引き抜かれていく。
幾筋もの光は広間を駆け抜け、原石を食らうオニキスへ向かって一斉に押し寄せた。
床に落ちていた砂埃が舞い上がり、黒紫の魔力と混ざり合って激しい渦を巻く。
アメシスは咄嗟に腕を掲げ、吹きつける風と目を射る光から顔を庇った。
ゴブルの外套が激しくはためき、床に転がっていた冠も再び吹き飛ばされていく。
膨れ上がった魔力の渦は瞬く間に広間を覆い、その中心にいたオニキスの小さな姿を、黒紫の煙の中へ呑み込んだ。




