第17話〜親切な野郎じゃねえか
古城の奥深くにある、かつて謁見の間として使われていた広間。その入口では、重い扉が六人の到着を待ち受けるように開け放たれていた。
子供たちは一列になって広間へ入ってくる。
誰一人として言葉を交わすことはなく、虚ろな目を前へ向けたまま、擦り切れた長い絨毯の上を進んでいった。
夜通し森を歩いてきたため、寝間着も靴も泥に汚れている。
しかし、それを気にする素振りも見せず、何かに導かれるように広間を横切ると、最奥の壇上を前にして揃って足を止めた。
壇上には、蔦の絡みついた古びた玉座が置かれていた。
その手前には、荒れ果てた古城には似つかわしくない薄絹の帳が天井から吊られ、玉座に座る者の姿を覆い隠している。
帳の向こうで、歪な影がゆらりと動いた。
玉座の傍らには、一本の杖が立てかけられている。
その先端に嵌め込まれた、大人の拳ほどもある黒紫の宝石が、まるで心臓が脈打つように鈍い光を放っていた。
「ようこそ、我が帝国へ。呼び声に応えし、選ばれた者たちよ」
尊大な声が広い謁見の間に響き渡る。
だが、並んだ子供たちから反応はない。
六人は虚ろな顔のまま、帳の向こうを見つめている。
「…………」
玉座の主は、威厳を崩さぬまま、なおもしばらく待った。
それでも謁見の間に響くのは、板張りで塞がれた窓の隙間から吹き込む風の音だけだった。
「……余の御前である。まずは跪かぬか」
杖の先に嵌め込まれた宝石が、黒紫の光を強めた。
すると、六人の子供たちは糸で引かれたように一斉に膝をつき、玉座へ向かって頭を垂れた。
命じられたとおりに身体を動かしながらも、その表情は虚ろなまま、恐怖も戸惑いも浮かんではいなかった。
「うむ。それでよい」
帳の向こうの影は満足そうに頷き、玉座の上で短い脚を組み直した。
「今日より、お前たちは栄えある魔獣帝国の臣民である。余が築き上げる偉大なる帝国のため、身を粉にして働くがよい!」
「…………」
再び、気まずい沈黙が謁見の間を満たす。
ぼんやりとした子供たちから、歓声も拍手も上がらなかったのだ。
「少しくらい喜ばんかい。吾輩が直々に臣民に取り立ててやったのだぞ。こう、もうちょっと『うおおお!』とか『光栄ですぅ!』とか……」
不満げな声が、帳の向こうから漏れた。
なおも反応がないのを見て、玉座の主は誤魔化すように一つ咳払いをした。
「ともかく! お前たちには、我が帝国に集いし獣と家畜の世話を任せる。餌を与え、水を運び、寝床を清めるのだ。どれも帝国の繁栄に欠かせぬ、栄誉ある務めであるぞ!」
その言葉に応えるように、広間の外から牛の低い鳴き声が聞こえてきた。
続いて羊や山羊、鶏の声が重なり、遠くでは蹄が石床を打つ音も響いている。
だが、跪いた子供たちは、やはり何の反応も示さなかった。
「それぞれの役目は、追って申し渡す。それまでは、我が玉座の傍らに控えておれ」
黒紫の宝石が、もう一度脈打った。
六人は一斉に立ち上がると、壇上の傍らへ移動し、玉座に仕える従者のように並んだ。
それきり身じろぎ一つせず、虚ろな目を正面へ向けている。
玉座の主は満足そうに六人を眺めると、玉座に深く腰掛け、薄絹の帳の向こうでふんぞり返った。
森へ続く道は、獣たちに見張らせてある。
何者かが侵入しようとしても、森の主たる鎧甲熊が黙ってはいない。
「いずれ森中の魔獣が余の前へ跪き、我が魔獣帝国はこの地のすべてを支配するであろう! はーっはっはっは……っ!!」
高らかな宣言と笑い声だけが、古びた謁見の間に響き渡るのだった。
◇◇◇
「……いま、何か聞こえなかった?」
古城の薄暗い回廊を進んでいたアメシスが、ふと足を止めた。
「あ? 獣の遠吠えじゃねえか?」
「うーん……そうなのかしら。まあ、城の中にも動物がたくさんいるものね」
アメシスは首を傾げながら、回廊沿いに並ぶ部屋の一つへ目を向けた。
朽ちかけた扉は片側の蝶番が外れ、床へ倒れかけている。
その向こうでは、首縄をつけた牛がゆっくりと干し草を食み、数頭の羊と山羊が身体を寄せ合っていた。
別の部屋から顔を覗かせているのは、野生の鹿や猪だ。
獣たちは赤く濁った目を二人へ向け、その体からは、魔晶石の欠片が帯びる黒紫の魔力が微かに漂っている。
それでも、襲いかかってくる獣はいなかった。
二人の姿をじっと見つめるだけで、部屋から出てくることも、行く手を阻むこともない。
「村の家畜もここに連れてこられていたのね」
「みてえだな」
オニキスは短く答え、足元へ視線を落とした。
埃の積もった石床には、乾ききっていない泥の跡が続いている。
大きさの異なる六人分の小さな足跡は、途中で迷うことも、別の道へ逸れることもなく、古城の奥へまっすぐ伸びていた。
「ガキどもも、こっちで間違いなさそうだな」
「ええ。それに、誰かがここで暮らしているみたい」
壊れた窓や、崩れた壁に開いた穴は、大きさも形も揃わない板を何枚も打ちつけて塞いであった。
回廊のところどころには、先端を輪にした細縄が壁際に束ねられている。縄の一端は天井近くの留め具へ続き、その真上には粗末な網が巻き上げられていた。
本来なら通路に渡した縄に足を引っかけた拍子に留め具が外れ、頭上から網が落ちてくる仕掛けだったのだろう。
いまは引き金となる縄が通路から外され、網も落ちないよう梁に固く括りつけられていた。
同じような罠の痕跡は、城へ入ってからの道すがらにも、いくつも残されていた。
どれも雑な作りで、せいぜい地味な嫌がらせにしかならない代物だったが、そのすべてが作動しないよう仕掛けを外されている。
「子供たちを通すために、罠を外したのかしらね」
「そのまま俺たちまで通してりゃ世話ねえな。随分と親切な野郎じゃねえか」
オニキスは馬鹿にするように鼻を鳴らした。
村から消えた家畜。
魔晶石の欠片に操られた獣。
城の奥へ続く六人分の足跡と、あらかじめ解除された罠。
子供たちを連れ去った何者かが、この古城にいる。
二人は顔を見合わせるまでもなく、同じ結論に辿り着いていた。――若干の拍子抜けとともに。
そのまま子供たちの足跡を辿り、さらに古城の奥へ進んでいく。
行く手を阻むものは何一つなく、いくつか角を曲がった先で、足跡は開け放たれた大扉の向こうへ続いていた。
アメシスとオニキスは足音を抑え、腰を低くしたまま、その脇にある石壁へ身を寄せる。
そこから僅かに顔を覗かせ、そっと広間の中を窺った。
広間の最奥には壇上が設けられ、その中央に置かれた古びた玉座は、手前へ垂らされた薄絹の帳に覆い隠されていた。
壇上の傍らには、村の六人の子供たちが従者のように並んでいる。
「みん――ぐむっ……!?」
子供たちの姿に気づいて声を上げかけたアメシスの口を、隣から伸びたオニキスの小さな手が素早く塞いだ。
「デケェ声出すな。まだ向こうは俺たちに気づいてねえ」
オニキスが声を潜めて囁くと、アメシスは小さく頷いた。
それを確かめてから、オニキスは口元を塞いでいた手を離す。
「子供たちの様子が……」
「操られてやがる」
オニキスは再び広間を覗き、最奥へ目を凝らした。
薄絹の帳越しに、玉座に腰掛けた歪な影が見える。
その傍らでは黒紫の光が鈍く明滅し、城へ入ってから感じていた魔力も、その光を中心として城内へ広がっていた。
「あの帳の向こうに、魔力の大元があるな」
「あれが、子供たちや動物を……?」
「たぶんな」
アメシスはもう一度、壇上の傍らに並ぶ子供たちへ目を向けた。
六人は虚ろな目を正面へ向けたまま、身じろぎ一つしない。
互いに目を合わせることも、言葉を交わすこともなく、ただ命じられたとおりに並び続けている。
「まずは、あの魔力を止めないと」
「あの大元を押さえるのが先だな。ガキどもはそれからだ」
アメシスは表情を引き締め、静かに頷いた。
オニキスも帳越しに明滅する黒紫の光を見据え、いつでも動き出せるよう腰を浮かせる。
二人は大扉の脇から立ち上がると、身を隠すことをやめ、並んで広間へ踏み込んだ。
長い絨毯の上を進む二人分の足音が、静まり返った謁見の間に響く。
その音を聞きつけ、帳の向こうでふんぞり返っていた歪な影が、驚いたように大きく揺れた。




