第54話 成人祭
ゲイルシールド城の大ホールは未だかつて見たことがないほどきらびやかに、多くの人で賑わっていた。
招かれた来賓客は当然みな貴族で、身に纏う装飾品ひとつ取っても高価なものだとわかる高貴な身なりをしている。
ゆったりとした心を落ち着かせる音楽を奏でる楽器隊に、飲み物を運ぶウェイターや食事の用意をするメイドたち。
普段は城の使用人として働く人々も、この日はやはり少し浮足立った様子で来賓客の世話役としてめまぐるしくしていた。
「大丈夫ですか、お嬢」
ここ最近、必要最低限の話しかする時間のなかった晴人も今日は隣に控えていた。
「平気だ。それに珍しい格好も拝めているしな」
楽しげに談笑する人々から視線を晴人に移した桃里は、口角を持ち上げて悪戯っぽく笑う。
「揶揄う余裕があって何よりですね」
今日の晴人はいつもの着物ではなくスーツを身にまとっていた。長い黒髪を高い位置で纏めてすらりと立つ品のある姿は来賓客の女性たちが熱い視線を向けてくるほどの出来である。
「まぁどうせすぐに着替えますが。…シロエ、用意はできていますか?」
「もちろんにゃ」
晴人とは反対側、桃里の少し後ろに控えたシロエもまた普段のメイド服(どうやら結構気に入っているらしい)ではなく、淡い黄色の簡素なドレスを身に着けていた。
壁際のあまり人のいない一画でその時を待っている桃里もまた、彼らと同じく正装だ。
オリヴィアの選んだ紺色の上品なドレスに身を包み、来賓客の一人として悪目立ちしないように心がけている。
「目立つのはもう少しお預けか」
「別に目立たなくてもいいんですけどね」
「しかたないだろう。どの道、最初からその予定だったんだ」
このあと神楽を舞う予定の桃里は否応なしに目立つことになる。
昨夜、不気味な声に牽制されたことは晴人にも、そしてアシェルやセオドアにも話していた。しかし今更やめるつもりはない。
イーニアスとセオドアに密かに神楽の中止を申し出れられていたが、むしろこれを好機と捉えた桃里は心配無用と断った。
「来た」
しばらく和やかな空気に包まれていた会場の灯りがふっと絞られた。魔法で灯されるその光は王室お抱えの魔道士たちにより自在に姿を変えられる。
それまで賑わっていたホール内が一瞬で沈黙すると大きな扉が開かれて現れたのは本日の主催でもあり、主役でもあるアシェルだった。
いつもの少し砕けたシャツとジャケットではなく、黒い燕尾服に撫でつけた金髪は随分と大人っぽさを増している。
そしてそんな彼の隣には腕を絡めて得意気な少女、アシェルの婚約者であるミアが緑色の華やかなドレスを靡かせて歩いていた。
一瞬、蜂蜜色の瞳と視線が重なる。
(この人混みの中よく見つけたものだ)
彼らを囲むような人垣の隙間から遠く離れて立つ桃里の紅い瞳を見つけたミアは、甘やかに微笑みながらアシェルの腕に僅かに頭を傾けた。
「嫌な女」
次々と祝辞を述べ始めた人々の声に掻き消される程度の声で呟いたのはシロエである。
あまり人に対して悪い印象を抱かず悪意も示さない彼女にしては珍しい言葉に桃里は僅かに眉を顰めた。
「…なるほどな」
特に晴人も諌めることはなく一行はただ入れ代わり立ち代わりアシェルの元へ流れていく来賓客を見つめ、おもむろに踵を返した。
成人祭の進行が粛々と行われたあと、舞踏の前半が終わる頃に桃里たちの出番がくる。
「そろそろ行くぞ」
もう誰の目にも止められなくなった桃里たちは、人垣を抜けてそっとホールを後にする。
去っていくその後ろ姿に勝ち誇ったような視線を投げていたのは他でもない、ミアだった。
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時折アシェルの横顔を伺いながらミアは華やかながらも慎ましい笑顔で訪れる人たちを迎えていた。
どの客もアシェルへの祝辞を唱えているのだが、その中にはミアへと話を振る者ももちろんいる。そのほとんどが美しく佇む彼女への賛美の言葉だった。
「殿下さえ良ければ後でダンスのお相手を願ってもよろしいですかな?」
「ええ、もちろんですわ。ね、殿下」
本当はアシェル以外と踊るなんて御免だと思いながらもミアは淑女の顔を崩さない。それができるだけの美貌と教養があると彼女は自負していた。
(あんな田舎者娘とは格が違いますのよ)
茶会ではじめて対面した桃里は、付け焼き刃にしては確かにそれなりの所作ではあった。しかしミアには遠く及ばない。それがミアをはじめエバンス公爵家の見立てだった。
絶え間なく訪れる人々にさすがに少し疲れてきたころ、進行を勤めているセオドアが音楽隊に指示をする。
するとそれまでの緩やかな曲調からダンス曲へと切り替わった。
「ミア嬢」
それを合図にアシェルがすっと向かいに立ち、優しくミアの手を取った。
「私と一曲踊っていただけますか?」
「はい、喜んで」
その氷のように涼やかな瞳に見つめられ思わず頬が熱くなる。ミアが粛々とその手を取るとついにダンスタイムが始まった。
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「初めはどうかと思ったけど正直助かったな」
晴人に着付けの手伝いをしてもらいながら桃里は大きくため息を吐いた。
「ちゃんとその気になればできるでしょうが、この前も盛大にヒールでズッコケてましたからね」
「うるさいな」
どうにも相性が悪いのか踵の高い靴では動きが制限されてしまう。
そんな桃里にとってホールに残りダンスを強要されるくらいなら慣れた格好で神楽を舞うほうが幾分もましだった。
「とはいえ神楽もまともに舞うのは初めてです。里の祭りとは状況も演目も違いますので」
トチってズッコケないでくださいね、袴の帯を締めて笑った晴人は憎たらしいほどいつも通りで、桃里はむすっと唇を結んだ。
「はいはい、紅を引くよ〜」
晴人を押しのけてシロエが化粧と髪を直してくれる。これが終われば直に迎えが来るだろう。
低い位置で結った髪紐の上から銀色の髪留めを挿して千早をまとう。柄は深緑色の糸で刺繍されたギンバイカで、込めた願いは「祝福」だ。
急な提案からたった一月と少しの間に、今まで見たこともなかったであろう着物を三着も用意した王室お抱えの仕立て屋というのは侮れないものだった。
「完璧にゃ!」
誇らしげに胸を張ったシロエもまた可愛らしいドレスから一転。巫女の緋袴を纏っている。
「ではお嬢、こちらを」
若草色の狩衣を纏った晴人は重厚な木箱を開けて桃里の方へと差し出した。
円錐状に三段の鈴が連なる神楽鈴は触れずともわかるほど強い気が込められていて、これは鍛冶屋に詰めた晴人が一月かけて作った代物だ。
ゆっくりと手にして小さく振るだけで、微かに涼やかな音色が響いた。
「それにしてもよく作れたな」
「まったく骨が折れましたね。なにせこちらの道具も材料も未知だったので。しかも一月で作れなんて、不眠不休でした。これが終わったらしばらく休業です」
大袈裟に肩を回して凝りをほぐす仕草をする晴人に苦笑しつつも、桃里は音が鳴らないように鈴を袖で覆う。
すべての準備が整ったとき、まるで見計らったようにイーニアスの部下が迎えに訪れた。
「それじゃあ、ひと仕事するか」
先程までのヒールと違い裸足で踏みしめた大理石はひんやりと冷たい。
その所作は晴人仕込みのもので、後ろ姿だけでも誰より美しいものだった。




