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第48話 切歯扼腕

 まことしやかにアシェルの寵愛を受けていると噂の異国の娘を招いた茶会から一月以上が経ち、彼の成人祭までついに二週間を切った。


 一時は酷く荒れたかと思えば急に塞ぎ込むことを繰り返していた娘・ミアも今は随分と落ち着き、むしろ以前より明るくなっていた。


 まだ少し痩せた頬は痛々しいが、若い肌は少しの手入れで張りを取り戻したようできらきらと瞳を輝かせてドレスを選んでいる。


「ねぇお父様。先程のと今の、どちらのドレスがいいと思います?」

「どちらもよく似合っているよ」

「まあ!少しは真剣に考えてくださらない?」


 屋敷での一件に加えモリス伯爵家での茶会以来、完全に情緒を乱していたこともあり、むしろ今の娘の様子はエバンス公爵としては不安な部分もあった。


 しかしまるで何かに取り憑かれたように窶れて引き篭もっていたことを思えば、今のほうが幾分かましにも思える。


「ところでお父様」

「なんだい?」


 淡い水色のドレスを着てくるりと回った愛娘は、花が咲くような笑顔を浮かべながら母親譲りの蜂蜜色の双眸をとろりと細めた。


「今度は上手くいきますわよね?」


 ぞわりと背筋が粟立った。人間のものとは思えないほど細く縦に割れた瞳孔は獰猛さを孕み、甘いはずの蜂蜜色に光は宿っていない。


「あ、ああ…今度こそ上手くいく。この一月半、ミアの為にちゃんと用意したんだよ」


 引き攣りそうになる口元を強引に持ち上げて笑みを型取りながら何とか応えると、今度こそぱっと華やぐミアに公爵は密かに胸を撫でおろした。


「わたくし絶対にアシェル殿下の妻になりますの。ミアはお姫様になるのが夢だったんですもの。だからお父様…今度は必ず成功させてくださいね」


 底冷えするような低い声は本当に娘のものだろうか。一人娘だからと甘やかして育ててしまったせいか、確かに昔から少し我儘で気分屋なところはあった。


 しかしここまで冷たい目で笑うような子ではなかったはずだ。


 背を伝う汗に気づかないふりをして僅かに視線を逸らす。それと同時に部屋にノックの音が響き、公爵の妻が現れた。噎せ返りそうになるほどの甘い香りに思わず顔を顰めそうになる。


 妻は元々派手な方ではあったがここ最近はよりいっそう拍車がかかり、もはや異臭に近いたっぷりの香水と厚い化粧を施していた。


「ドレスは決まったの?」


 痩せこけた頬と紅い唇を歪めてにっこりと微笑む様は、まるで何かを隠すかのように。


「お母様!お父様ったらちっとも真面目に考えてくださらないのよ」


 ふわりと髪を靡かせながら母親に駆け寄る姿は昔と変わらぬ愛らしい娘だが、その娘に向けられた妻の眼差しには慈愛の色はほとんどなかった。


「まあ、ひどいお父様ね」


 娘と同じ、蜂蜜色の瞳はやはり獣のように細められる。


「あなた」


 二対の金がこちらを向いた。今度こそはっきりとわかるほどの脂汗が額に滲む。


「かわいい娘のお願い。わたくし達で叶えてあげなくては。…ね?」


 もう声も出なかった。二十年以上も連れ添う妻と、その妻との間に生まれた愛すべき娘のはずなのに、異常な怖気が収まらない。なぜなら公爵は知っていた。


 二人から滲み出るこの得体の知れない恐怖は前にも一度経験している。


「…も、もちろん…次こそ…次こそは…必ず…」


 震える喉から絞り出すようにして応えた声は果たして二人に届いただろうか。


「次こそちゃんと、あの娘を……殺すよ」


 にたりと笑った四つの光に公爵は安堵する。きっとその悲願さえ叶えれば二人も元に戻るはず。娘の願いの為なら何でもすると決めたのだ。


 エバンス公爵に後悔はなかった。

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