第45話 贈り物の相談
「隠して!」
城内を自由に動き回る許可はしているとはいえ、普段は存外落ち着きのある桃里のいつにない様子に驚く間もなく、彼女はアシェルの背後に回ってしゃがみこんだ。
「お姉様!!」
すると次は先程より少し小さめな音を立てて、これまた普段ではありえない様子のオリヴィアが飛び込んできた。
「レディが少しはしたないんじゃないか、リヴィ」
「これくらいでないとお姉様には追いつけないのです!」
ドレスの裾をたくし上げて、ヒールで床を叩くように走ってきたオリヴィアは肩で息をしながら語気を強めて室内を見渡した。
「お姉様はどこです?」
「さぁ?ここには来てないが」
「嘘ですわ!お姉様が最後に頼る場所なんてアシェルお兄様しかありませんもの!」
意識的なのか無意識なのか、オリヴィアの言葉に噎せそうになるのを堪えたアシェルは咳払いで誤魔化しながら肩をすくめて見せた。
「わかった、理由を聞こう。内容如何で考える。何で桃里を追い回しているんだ?」
桃里が駆け込んできてからおよそ数秒。
密かに隠匿魔法をかけたため、例え後ろに回り込まれてもオリヴィアには彼女が視認できない。
「…試着をしていたんです」
「ドレスのか?」
「お姉様は何を着てもお似合いになるから迷ってしまって、あれもこれもと試していたら…」
「逃げられたわけか」
アシェルは小さく息を吐いて立ち上がるとしゅんとうなだれたオリヴィアの頭に手を乗せた。
「桃里はドレスに慣れていないし疲れたんだろう。祭事までまだ時間はあるんだ、ゆっくり選べばいい」
「ですが」
「オリヴィア。桃里とは文化も常識も違うんだ。そこは少しずつ歩み寄るのが礼儀だろう?」
「…はい」
持ち上げていた裾を落として頷くオリヴィアの頭を軽く撫でてから、アシェルは控えていたイーニアスに目配せした。
「リヴィも疲れただろ。お茶にしよう」
「お兄様と?」
「ああ。美味いお茶を入れてくれるか?」
「はい!では今朝入ったばかりの茶葉にしますわ、さっぱりした香りだからきっとお兄様も気にいるはず」
手を叩いて出ていくオリヴィアはすっかり桃里から紅茶へ意識を逸してくれたようで、アシェルはひっそりと吐息を零す。
幽霊騒動といいピクニックといい、大人びて見えてもオリヴィアはまだ十四歳なのだ。桃里を姉と慕う彼女の笑顔に、アシェルも双眸を和らげた。
*******
オリヴィアがお茶の準備に出ていってからしばらく後、彼女が戻る前にと指示を受けたイーニアスは桃里を連れて執務室を抜け出した。
「助かった…。ありがとう」
「いえ、桃里様もお疲れ様でした」
「リヴィの気持ちは嬉しいけど段々派手になっていって困った。それにこの前選んでくれたドレスを駄目にしてしまっているし…」
長い廊下を抜けて自然と足が向いたのは今は無人の訓練場だった。午後の時間は兵士がそれぞれの持ち場へと就いているため、この場所に朝のような熱気はなく閑散としている。
「それは桃里様が気にすることではありませんよ」
「でも…」
「それに、また桃里様のドレス姿が見られて喜ぶのはオリヴィア様だけではないかと」
「うん?」
「殿下も楽しみにしておられますよ」
イーニアスが少し悪戯っぽく笑ってみせると、桃里は微妙そうなしかめっ面をする。
「どうせ馬子にも衣装だ。別に面白可笑しくはないぞ」
そういう意味ではないのだが、とイーニアスは内心苦笑しつつ訓練場脇にあるベンチにハンカチを広げる。
それが座る合図だと既に学んでいる桃里は、少し遠慮がちにハンカチの上に腰を降ろした。
「それにやっぱり私はこっちの格好の方が性にあってる」
そういう桃里の今の格好は簡素な着流しと呼ばれる着物姿だ。どうやらそれは男性向けの着方らしく晴人のものを丈を詰めて着ているらしい。
「そうですね。こちらに来てからはシャツを好んで着られているようですし」
「あれはいいな。動きやすくて一番好きだ」
どうやら動きやすさ重視のようだということはもうイーニアスも理解していた。
「ところで、なんだけど」
「はい」
草履をぱたぱた揺らす足先を見つめながら桃里は何やら言い出しづらそうに口籠ると、おもむろにイーニアスを見上げた。
その眼差しはいつになく真剣で、何を言われるのかと思わず少し背筋を伸ばす。
「ぷれぜんと、というのは何がいいんだ」
「はい?」
気迫の籠もった一声に思わずきょとんと瞬いてしまったイーニアスは一拍遅れてその言葉の意味を理解して、今度こそ吹き出しそうになるのを堪えて口元に手を添えた。
「…それは、殿下のですか?」
「他に誰がいる。成人祭はアシェルの誕生日なんだろ?」
あまりに真剣な面持ちにいよいよ笑いそうになってしまったイーニアスは、桃里の相談を受けるべく咳払いをして姿勢を改める。
「そうですね…殿下は煙草は呑みませんが酒は時々嗜みますね。ワインやブランデーよりもウィスキーを好まれていて、甘いものはあまり得意ではありません」
「酒か。酒は私も好きだな」
「桃里様も嗜まれるのですか」
「ああ、結構強いぞ」
この国の女性はあまり酒を好まない人が多いので桃里の言葉は予想外で、これもいわゆる文化の違いのひとつかとイーニアスは新たな発見に頷いた。
「服も桃里様と同じで簡素な方が多く、装飾品はループタイとピアスくらいしかつけませんね」
「…服はうーん、難しいな」
そもそもまだよく知りもしない相手のプレゼントだ。同じ国の人間でも悩むだろう。
アシェルなら桃里から貰うものであれば何でも喜ぶだろうが(クッキーでさえしまい込もうとしていたほどだ)、いざ改めてとなると話は変わる。
「わっかんないなぁ」
トンッと身軽な所作でベンチから立ち上がった桃里は腕をぐっと伸ばして、そしてくるりと回った。
初めは体操でもしているのかと思った。右から左へ、下から上へ。伸びやかに動く肢体に、それは体操というよりもまるでダンスをしているように見えた。
憂いを秘めた眼差しで何かを捧げるように天を仰いだ桃里の姿に、イーニアスは思わず目を見張る。
流れるような動きに視線が奪われて目が離せない。
「……んー」
すとんと着地した頃にはもうすっかりいつもの様子で腰に手を当てて首をひねる桃里に、はっと我に返っる。気づけば思わず拍手を送った。
「え?」
「今のは桃里様の国のダンスですか?」
「だんす?」
「ああ、踊りのことです」
「踊り。踊りというか舞いだな。神楽という。故郷の祭りで巫女が舞うんだ。まぁ私より晴人の方が上手いけど」
母の代わりに教えてくれたのが晴人だったと、まるでその時のことを思い出すように腕を伸ばす桃里にイーニアスはもう一度頷いた。
「これにしましょう」
「え?」
「殿下へのプレゼントは桃里様のカグラにしましょう」
「えっ!?」
珍しく素っ頓狂な声を上げた桃里に、それであればオリヴィア所望のドレスではなくやはり着物の方でいいのではとイーニアスは畳み掛けるように提案する。
「でもやったのなんて子供の頃だけでもう何年もやってないし、面倒くさいし…あ!それに神楽の衣装とかも持ってきてないから…!」
「作りましょう」
「作る!?」
「大丈夫ですよ、うちの仕立て師は国一ですから」
半ば押し切るように告げたイーニアスは「これは一番のサプライズになりますよ」力強く言い切った。




