第44話 祭り噺
「成人祭?」
日課となった午前勉強の休憩中、すっかり慣れた紅茶を飲みながら桃里は首を傾げた。
レオが孤児院へ行き、ハロルドとクロトが国を出てからおよそ一月。
ランチパーティーのあの日から季節はいよいよ夏本番となり、窓からは強い日差しが差し込んできている。
「ええ、来月の半ばにアシェルお兄様の成人祭が国を挙げて行われますの」
「国を挙げて?随分と盛大だな」
「ええ。王家の成人祭は特別なものですから、街も自然とお祭りになるのです」
「…祭りか。もうそんな季節なんだな」
祭りという単語にそういえば故郷もそろそろ祭りの季節だったかと、憂いの宿る双眸で窓の外を見やる。
「お姉様の国のお祭りはどんなものなのですか?」
桃里の視線に何かを察したのか、オリヴィアはティーカップを置いて少し目を輝かせながら見つめてくる。
ランチパーティーの時もそうだったがオリヴィアは好奇心が旺盛で、特に桃里の故郷の話には興味津々で聴き入っていた。
「どんな…。そうだなぁ…私の国での祭りは神様へ捧げるものだった」
「神様に?」
「うん。場所や神様によって色々あるらしいけど、だいたいは豊作の感謝とか、次の年の実りを祈ったりする」
「神様によって違う…。つまり神様はたくさんいるということですか?」
桃里がこちらへ来てから学んだことのひとつに信仰があった。
このセフィラナイトと呼ばれる大陸は主に四つの国が隣り合っており、各々の国が一柱の女神を信仰している(ちなみに余談だがシルフィルドは海域も領土に入るため、土地面積的には四つの国の中で一番小さいらしい)。
そしてここシルフィルドではシルフィアという風の女神を祀っていた。
「そう。山の神様、海の神様、作物や鉄…八百万の神がいると言われてる」
「ヤオヨロズ?」
「たくさん、という意味だ」
様々な動植物や物のひとつひとつに神が宿ると言われていた国からすると、神が一柱しかいないというのはとても不思議な感覚だ。
それはオリヴィアとしても同じようで、やはり桃里の話を興味深く聞いてくる。
「お祭りは町の人たちも来るのですか?」
「町のことはあまりわからないけど、妖ってのは人の真似事が好きだからな。私の里でも祈祷をしたり神楽を舞ったりしていた。まぁほとんどが建前で、単に騒ぎたいだけだったと思うけど」
もちろんすべての人や妖が神を肯定しているわけでも信じているわけでもない。けれど祭りの時だけは別物だ。
時には人里にも悪戯好きな狐や狸が紛れていたり、かっぱが供物を持って走っていたりするらしい。
神社という場所は生きとし生けるすべての者を庇護する聖地で、そこに住まう神は平等に生と死を護っていた。
「感謝と言ったけど、別に神は私たちに何かをしてくれるわけじゃない。ほとんどがただそこに在るだけ…まぁでもそれでいいと私は思ってる」
そこに神が在る。それだけで山は栄えて海は凪ぐ。風が吹いて雨が降り、陽が照らして実りになる。
たったそれだけで生き物たちは潤う。そんな国の片隅で人間の母と妖の父は山の神を頂きに、里の平静を保っていた。
「素敵。いつか見てみたいですわ」
「うん、いつかリヴィも一緒に行こう。…あ、それより今はアッシュの成人祭の話じゃなかったか?」
「そうですわ!」
異国の祭りに想いを馳せるように吐息を零していたオリヴィアは、はたと瞬いてから手を叩く。
「ですから、お姉様!今日はドレスを新調いたしましょう!」
「は?」
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長時間に渡り書類を睨みつけていたアシェルは、目頭を抑えて疲れたように天井を仰いだ。
「――やはりか」
「はい。あの山には魔獣の巣はおろか、気配すらありませんでした。またあれからエバンス公爵もミア様も特に変化はないようです」
一月ほど前に起こったエバンス公爵邸の裏山で起こった不可思議な霧と魔獣騒動。しかしいくら調べど屋敷から不審な物は発見されず、付近からもその気配はひとつも確認されなかった。
「調査には魔導部隊と晴人様にもご同行いただきましたが、やはり何もなく…ただ」
「なんだ?」
「晴人様曰く、もしかすると二重の力が働いたのでは、と」
「二重の力?」
晴人たちの国に伝わる呪力の霧、それをイーニアスが感知することは難しいが桃里であればすぐに気付く。しかしあのとき彼女は気づかずにいた。
「つまり魔法と呪術が同時に発動していたのではないか、というのが晴人様の推測です」
「いや、理論上はわかるが…異なる二つの力の結界を同時に発動させるなど不可能だろう。そもそも魔法と呪術のどちらも扱えるなど現状ありえない」
ましてやそれぞれの力に慣れている桃里やイーニアスに一切気取られずに、確実に互いを隠匿することなど果たしてできるのであろうか。
「あくまで確認ですが、王妃様ほどの魔道士でもそれは不可能でしょうか?」
「…それは何とも言えないが。晴人はどうだ?」
「晴人様はできないと断言してはいました」
「ならあの晴人より上位の使い手ということになるな」
アシェルの母、エヴァはこの国一と言われている魔道士だ。今はすっかり自室に籠もりきりではあるが本来なら魔導部隊を率いる戦士でもある。
「そういえばその王妃様ですが、殿下の成人祭にはご出席されるとのことでしたよ」
「母様が?」
「ええ。近々政務にもお戻りになられるかと」
「…そうか」
微かに口元を緩めたアシェルの表情にイーニアスも自然と笑みが零れた。
三年前、ハロルドが呪われてから今日まで怒涛の日々だった。昨年は喪に服していたこともある(形式上ではあった)が、その間もアシェルは王家の体制を整えることに苦心していた。
「今は皆が尽力してくださっています。どうぞ殿下もお一人でお抱えにならないでください」
「…そうしたいところだが。成人祭も結局取り仕切るのは俺だし、次期王位継承者として客の相手もある」
「それはそうですが…。ああ、話によると桃里様が殿下の成人祭に向けてドレスを新調されるとか」
ごほっと、不自然に咳き込んだアシェルにちらりと視線を向けてからイーニアスは机に散乱したままの書類を整える。
「…おまえはどこからそういう話を持ってくるんだ?」
「オリヴィア様から伺いました。ちなみに王妃様の件はセオドア様から、王妃様直筆の手紙も一緒にお預かりしています。なにせ執務室に籠もりがちな主人のために情報収集をしてくるのも近衛の務めなので」
「……良くできた部下を持って幸せだよ」
少し前にはお忍びで海に行っていたことも当然イーニアスは知っているのだが、そういうことは触れないでいてくれる。そんなところもよくできていて、たまに空恐ろしくもあった。
当のイーニアスはエヴァからの手紙を机に置くと、皮肉を零す主にむかってにっこりと笑い「光栄です」と返してくる。我が部下ながら本当にできすぎだ。
その時、バンっと激しい音を立てて扉が開け放たれた。重厚な作りの扉が勢いのまま壁にぶつかったのだ。
「助けてくれ!」
外れんばかりに開かれた扉を同じくらい乱暴に閉めて駆け込んできたのは噂をすれば、桃里だった。




