第43話 北の塔に住む魔女
ゲイルシールド城史にも残るであろう"ドタバタ幽霊騒動"の翌日。オリヴィア主催の突発ランチパーティーをした夜のこと。
城内が寝静まった夜遅くに、セオドアはひとり北の塔を訪れていた。
北と南、そして中央に聳える古いレンガ作りの塔は本来であれば見張り台の役目をしていたが、今はほとんどが使われず開かずの間となっている。
「セオドアです。失礼します」
あえてノックはせず小声で断りを入れたセオドアは、ぼんやりと浮かびあがる古びた木戸をゆっくり開いた。
薄く開いた隙間からふわりと抜けた温かい風に乗って薬草の香りが漂ってくる。
円形状の塔の中は壁一面に本が詰まっており、入り切らずに溢れたものは床に乱雑に積み上げられていた。
(相変わらず足の踏み場がないな)
床はもちろん机や棚の上にも液体の入った小瓶や乾燥した植物に、何かの骨らしきものがところ狭しと鎮座している。
ただでさえ手狭な室内はとても人が生活できるとは思えなかったが、辛うじて生活感のあるベッドだけが唯一ここに人が暮らしているのだと示していた。
「今日の報告書と、お夜食です」
机の上のものたちの邪魔をしないように書類とトレイを置いたセオドアは、振り返ることなく熱心に文字を綴っている人影に声をかける。
「飛ばした手紙に目は通してもらったと思いますが、僕はしばらくここには来られません。北側の兵と使用人たちの配置を変えますので、あとはよろしくお願いします」
「ええ、ありがとう」
淡々と話すセオドアにようやく相槌を返しつつも、彼女はやはり顔を上げることさえしない。
「あなたの采配に口を挟むことはしません。良きように」
「はい」
それだけ言ってまたペンを走らせはじめた背中に一礼したセオドアは、訪れたときと同様に静かに扉を閉めて塔を後にする。
部屋から一歩外に出るや、背後でほんの微かに風が揺れた。
振り返って見たそこは、まるで初めからそうであったかのようにただただ無機質な階段が続いている。
北塔の三十四段目、そこはセオドアだけが知る魔女の住処だ。
(この僅かな風の音が反響して悲鳴のように聞こえていたわけか)
とはいえ音は微かなもので、耳のいい者にしか聞こえなかっただろうが、噂が広がるうちに勝手に誇張されていったようだ。
(もう少しだけ…アシェルの成人祭まで保てばいい)
階段を降りたセオドアは人目がないことを確認してから素早く自室へと歩みを進める。
こういう時にアシェルのように魔法が使えれば便利なのにと思いはするが、言ったところで仕方がない。
この城に戻ると決めた以上、魔力の乏しいセオドアは己が持てる武器だけで戦っていかなければならないのだ。
(さてと…明日からまた忙しくなるね)
ようやく自室に戻ったセオドアは、部屋の窓から見える北の塔へと静かに視線を向ける。
孤独な空気を纏う寂れた白亜の塔に、今夜も月が寄り添っていてくれることだけがせめてもの救いかもしれないと思った。
二章完結です。三章も桃里たちにお付き合いいただければ嬉しく思います。




