第42話 お姫様のランチパーティー
本格的な夏ももうあと一歩といった季節。庭の花々は連日の雨を吸っていっそう瑞々しく艶やかに彩度をあげている。
「お姉様!ようこそ、リヴィのランチパーティーへ!」
先日の幽霊騒動と、そのせいで潰してしまった勉強会のお詫びにとオリヴィアが設けてくれたのが今日の昼餉だった。
見事に剪定された庭の片隅。大きな傘の下、柔らかな芝に敷かれたシーツの上に広げられているのは美味しそうな料理の数々だ。
「おにぎりに串焼き、卵焼き…こっちのは芋の煮込み?これはリヴィが作ったのか?」
こちらにきて久しく目にすることがなかった故郷風の料理に、桃里は大きく目を見張る。
「まさか!わたしはお料理はできませんので…。これはシロエちゃんとうちのシェフたちが作ってくださりましたのよ」
シーツの脇にちょこんと座るシロエは「久しぶりに腕が鳴ったにゃ!」得意気に笑って拳を握る。
「お掛けになってくださいな。さっそくいただきましょう!」
パーティーと聞き、またドレスを着るのかと少し憂鬱になった桃里の様子を見ておかしそうに笑ったのは伝言に来たジュリアだった。
いつものシャツスタイルで良いというのはこういう事だったのか。
その心遣いに感謝して、桃里はいつも通りシーツの上にあぐらをかいた。
「お茶をお持ちいたしました」
「ありがとう、ジュリー。さぁ、あなたも座って。みんなで食べましょう」
「はい」
食事に合わせた甘くない冷たいお茶に、とりどりの具が入ったおにぎり。串焼きはもちろん卵焼きや煮物も桃里のために作ってくれたものだ。
他にも色々な具材の詰まったサンドイッチや、彩りも鮮やかな野菜や果物。
食べきれないほどの料理を囲みながら、オリヴィアとジュリア、そしてシロエは絶えることなく他愛のない話に花を咲かせた。
「幼い頃はよくこうしてお祖父様やお兄様たちともピクニックをしていました。だから今日は久しぶりでとっても楽しみでしたの」
明るい声で教えてくれるオリヴィアに相槌を打ちつつ、桃里も故郷にいたときは毎年春にお花見をしていたことを話す。
「お花見?何のお花を鑑賞するのですか?」
「桜だ。里にはたくさんの桜の木があって、春になると山が一斉に淡い桜色…ピンクに染まるんだ」
「まぁ、ピンク色のお山、とっても素敵。見てみたいですわ」
興味津々に目を輝かせるオリヴィアに、桃里は柔らかく目を細める。ミアに誘われ参加したお茶会とはまったく違う、穏やかで、優しい時間。
「やあ、素敵なお嬢さん方。僕たちも仲間に入れてもらって構わないかい?」
食事を進めてしばらくした頃、今度は少し低い、しかしとても柔らかい声が降ってきた。
見上げるとそこにいたのはセオドアで、その後ろにはアシェルもいた。
「あら、紳士の皆様はお仕事がお忙しいのではなくって?」
「おや、そんなことを言っていいのかな?せっかく良いものを持ってきたんだけどなぁ」
悪戯っぽくそっぽを向くオリヴィアに、セオドアは肩を竦めながら甘味の乗った三段重ねの銀色の器を掲げてみせる。
「…よろしくてよ。仲間に入れてさしあげますわ」
ふっ、と笑い出すオリヴィアに、セオドアとアシェルも芝の上に腰を落とした。
「イーニアスと晴人は?」
「二人とも所用があって来られなかった」
「そうか、残念…でもないか。晴人がいたら怒られそうだ」
自然と隣に座ったアシェルの言葉に、桃里は人前であぐらを組んで肉をむさぼる姿を見られずに済んだとほっとする。
「鬼の居ぬ間に、というやつだね」
冗談めかしたセオドアに桃里はきょとんと瞬いて、小さくおどけて見せる。
「鬼はここにいるけどな」
「ははっ、そうだったね」
お目付け役も担っている二人はもちろん今日のことを知っているはずだ。だからきっとわざと外してくれたのだろう。
「では私はお茶を追加して参りますね」
「あたしも手伝うにゃ!」
入れ替わりに席を立つジュリアとシロエの背中を見送りつつ、兄妹と桃里だけになった四人は再び食事を再開した。
「たまにはこういうのもいいね。ピクニックみたいで懐かしい」
「ああ。俺も兄さんもこの最近はずっと執務室に籠もりきりだから、新鮮な気分だ」
雨季も抜けてどんどん陽射しが高くなる季節になったが、そよぐ風は肌に心地良い。
「そういえばさっきはなんの話で盛り上がっていたんだい?」
「そうですわ、お姉様!話の続きを聞かせてくださいな」
「ああ…えっとどこまで話したっけ」
「お屋敷に髪の長い女の幽霊が出たところですわ!」
「おまえたち…まだ幽霊の話をしていたのか」
呆れたアシェルの声は聞こえないふりをして、桃里はオリヴィアにせがまれるままに話をはじめる。
明るい笑い声に包まれながら、アシェルたちも料理をつまんでは桃里の話に相槌を打っていた。
食べるものも、食べる場所も、どこだって構わない。こうして気の置けない人たちと一緒にいられるなら、そこがどこでも宴になるのだ。




