第41話 幽霊騒動の終幕
「それでは今回の調査結果を纏めましたのでご報告いたします」
セオドアの前に並んだ六人は、出掛けたときよりげっそりと窶れた顔で佇んでいた。
その中でも唯一、まだしっかりと近衛兵の意地で書類を読み上げるのはイーニアスだ。
「まず一つ目、"納屋に現れる白い人影"。これの正体はメイドのジュリアでした」
ここ数日は確かに雨が多かった。そのためなかなか乾かないシーツや洗濯物を簡易で納屋に干していたそうで、それを夜な夜な運んでいたのがジュリアだった。
ジュリアは昼間の仕事を終えてから一人残って片付けをしていたそうだが、彼女の本職は隠密。当然、暗闇も苦ではなく、他の使用人たちがいないのをいいことに横着をして真っ暗な中で作業をしていたらしい。
大量の洗濯物を抱えて庭をゆらゆら歩く姿は幽霊に見間違えられてもしかたがない。
「桃里ちゃんが気づいたの?」
「気配がジュリアのものだったからな、見えなくてもすぐにわかった」
ジュリアの方も前が見えないほど山になった洗濯物の向こう側から「桃里様と殿下ですか?」あっさり言い当てていたが、これからは不審がられないように灯りをつけるように言つけた。
「二つ目の"暗闇に光る謎の宝石"。こちらは」
「はいにゃ…」
おずおずと手をあげたのはしゅんと肩を落としたシロエだった。
「あたしの目が光ってたのが原因です」
シロエは猫の妖だ。その瞳は独特の輝きをする、見る角度によって色の変わる不思議なエメラルドグリーンをしていた。
「申し訳ありません。シロエは元々獣ですから、光を当てられると目だけが光るんです。…それにしてもなぜ書庫に?」
夜更けの書庫。その他に厨房や階段などでも目撃情報があったシロエはやはり申し訳なさそうに俯いた。
「書庫にいたのはお嬢に頼まれていた本を返し忘れていたのを思い出したからで、厨房にいたのはお嬢が小腹が減ったって言うからですにゃ」
「お嬢のせいですね」
「なんでだ!?」
つまりシロエは桃里の使いをしていただけでもちろん悪気はなく、むしろ夜目が利く夜型の性質上、本人はいたって普通の行動をしていたにすぎなかった。
結局こちらも移動の際には灯りを使うように言い渡して終わりにした。
そして。
「最後の"廊下に佇む大きな壁"…申し訳ございません。これは私と晴人様でした」
「どういうことだい?」
イーニアスと晴人は互いに主がいる。昼間はもちろん夜も忙しなく用事を任されていることが多い二人は、そのほとんどをアシェルと桃里、それぞれの側で過ごしている。
そんな二人にゆっくり話をする暇があるはずもなく、城が寝静まった頃合いにたまたま鉢合わせた折に何気なく立ち話をするようになっていた。
もちろん二人ともきちんと灯りは持っていたが、薄暗い廊下の端でぼんやりと浮かび上がる長身の男たちは遠目だと巨大な壁になっていたのだろう。
「ぶつかられたオリヴィア様にも随分と怖い思いをさせてしまったようで…本当に申し訳ありません」
「いえ、パニックになっていたとはいえわたしもはしたなかったです」
書庫から飛び出したオリヴィアがぶつかったのがまさしく"廊下に佇む大きな壁"、もといイーニアスと晴人だった。
「まぁそういうことなら、以後気をつけるように」
「胸に刻みます」
「すみませんでした」
深々と頭を下げたイーニアスと晴人に微笑みかけたセオドアは、ぱんっと小気味よい音を鳴らして手を叩いた。
「はい。じゃあこれでこの幽霊騒動は解決。使用人たちには明日にでも通達を出しておくよ」
大きな溜め息をつく面々に反して、よかったよかったと笑うセオドアに異を唱えたのはオリヴィアだった。
「待ってくだい、セオドアお兄様!まだあと二つ残っていますわ!」
不発に終わってしまったうえに城中に悲鳴を轟かせ使用人たちの前で恥をかいてしまったオリヴィアは、どうにか挽回しようと意気込んでいるようだ。しかし。
「ああ、その二つは僕が調べておいたよ。なんてことはない、一つは本当に鳥が窓に止まっていただけ。角度によって怪鳥に見えたんだろうね。もう一つは扉の立て付けが悪くなってたみたいでね、隙間風が悲鳴に聞こえたみたいだ」
いつの間に動いていたのか、つらつらと話すセオドアにオリヴィアだけがかなりショックを受けた顔をしてうなだれていた。
「鳥はともかく、扉の方は直すように手配しておくから心配しなくていい。元々使っていないせいで随分古くなっていたからね、いい機会だ」
解散。今度こそ終わりを告げたセオドアに、開放された一同はそれぞれが部屋へと戻っていく。
月もすっかり上りきった深夜だ。今度こそ静かに、使用人たちを起こさぬようにと戻る面々の中で、桃里に至っては終始あくびを洩らしていた。
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「…うまく誤魔化せたみたいだね」
目の前にある報告書を卓上の蠟燭で燃やしたセオドアは、人知れずほっと息を吐いた。
「ええ。姫様のおかげで助かりました」
扉の前に佇んでいたのはついさっき他の者たちと一緒に下がったはずの晴人だった。
「まったく。君も本当に気配を消すのが上手いみたいだね」
「まぁ立場上、色々ありますので」
飄々としていて掴みどころのない笑みを浮かべながら歩み寄ってきた晴人は、すっと一枚の封書を差し出した。
「こちらを。後はよろしくお願いします」
「ああ…いつもすまないね」
「いえ、少しでもあなたのお役に立てるのでしたら」
セオドアが封書を懐にしまうのを確認すると、晴人はそれ以上は何も言わずに踵を返す。
「それでは私は戻ります。この城内には優秀な方が多いですから」
「そうだね、頼もしい限りではあるけれど」
今はまだ気づかれるわけにはいかない。
おやすみなさい、一礼して部屋を後にする晴人を見送ったあとセオドアは静かに窓辺へ側寄った。
ところどころで灯りが揺れているのは見張りの兵たちだ。一国の城ともなれば完全に寝静まることはなく、常にどこかに人の目がある。
そんな真っ暗な闇の中、一羽の夜鳥が静かに空に飛び去っていく。
羽ばたく音もまたたく間に消え、闇に溶けていく鳥の姿をセオドアは黙したまましばらく見つめていた。




