第40話 幽霊探索
夕食も終わり使用人たちも引き上げた夜更け。アシェルは桃里と二人で庭へと繋がる渡り廊下を歩いていた。
『幽霊追い出し大作戦』(オリヴィア命名。我が妹ながらあまりネーミングセンスはよくないようだ)のメンバーは、二人一組で城内を探索することになった。
オリヴィア、シロエ組。晴人、イーニアス組。そしてアシェル、桃里組だ。
セオドアは他の仕事が残っているからと作戦から降り、声をかけたジュリアも雑務が残っているからとやんわり断られた。
「うーん」
隣を歩く桃里は昼間と同じくいまいち乗り気ではないようで、なんとなくこういうことが好きそうだと思っていたアシェルは少し意外に思った。
確かに普通の貴婦人ならこの手の話を苦手とする者も多いだろう。しかし桃里は当然怖がっているわけでもない。
「桃里は幽霊退治をよく思っていないみたいだな」
「んー…まぁ」
オリヴィアの部屋を出てからしばらく、そろそろ庭へ出る扉が見えてくる。
「別に悪さをしてるわけでもないし、何というか…自分たちと違うからって理由で追い出すのはあまり好きじゃないな」
「そうか」
桃里自身がそうであるからか、ぽつりぽつりと話す彼女の声はいつもより浮かなかった。
「まぁでもオリヴィアや他の者たちが怖い思いをしたんなら、それはもう害が出ているということだしな。どこか住みやすい場所へ移ってもらうのが一番だろ」
町中に迷い込んでしまった動物を山へ返すような感覚だろうか。桃里からすれば動物も幽霊も変わらないのかもしれない。
扉を潜って庭に出ると一気に灯りがなくなり真っ暗な闇が二人を包む。隣に立つはずの桃里すら闇に飲まれたように見えなくなるほどの漆黒。
アシェルが小さく指を鳴らすと指先に火玉が灯る。辺りを照らすには少し心許ないが、あまり派手な灯りだと幽霊どころか使用人たちも驚かせてしまう。
「思っていたより暗いな。大丈夫か、桃里」
「うん。…けど」
三歩程度の距離しか先を見通せない暗がりの中で、桃里はじっと納屋の方向を見つめていた。
「いる」
「視えるのか?こんなに真っ暗なのに」
「私は夜目が利くから」
そもそも幽霊を視るのに明るさもなにも関係ないのかもしれないが、灯りに揺れる紅い瞳には何かがしっかりと捉えられているようだ。
「一人だ。…でもあれは」
その時、キィィと何かを擦るような不気味な音がアシェルの耳にも届いた。
「…何の音だ?」
アシェルに聞こえたのだ、桃里に聞こえていないわけがない。
「なっ…!こいつは…!」
しかし次の瞬間、二人の目の前に浮かびあがったのはまさに"白い人影"だった。
*******
「本当に…大丈夫ですわよね?」
「大丈夫ですよ、変なものはいないです」
シロエの腕をがっちり掴んだオリヴィアは少し腰が引けていた。
自分が言い出したこととはいえ、やはり幽霊が出るかもしれないと思うといつもの廊下もどこか不気味さを増している気がする。
「それで、オリヴィア様が幽霊を見っていうのは書庫でよかったんだにゃ?」
「は、はい」
完全に雰囲気に飲まれてしまっているオリヴィアとは真逆に、一切構わず歩いていくシロエは確かに心強く思う反面、あっという間に迫ってくる書庫にいよいよ足取りも重くなってきた。
「確かにここで…三日ほど前のことです」
「三日…」
ついに到着した書庫の前で、オリヴィアはごくりと喉を鳴らす。
「いよいよですわ…開けます!」
とはいえいつまでもびくついてはいられない。オリヴィアは意を決して勢いよく扉を開ける。
すると奥は廊下よりも闇が濃く、中はまったく確認できない。
「あたしが見てきます」
しかしシロエはやはり臆した風もなくいつも通りのゆるい声と足取りで室内に入っていく。
「あっ、シロエさん!お待ちになって!わたしも行きま、あっ…!」
するりと腕を抜けて闇に消えていくシロエをオリヴィアも慌てて追いかけるも、焦ったせいで扉の段差につい足を取られた。
「…っ――キャァァ!!」
体が前に傾く刹那、闇の向こうに見えたのはキラリと光る"二つの宝石"だった。
*******
燭台を片手に歩いていたイーニアスと晴人はふと聞こえた声に足を止めた。
「今の悲鳴は」
「オリヴィア様の声です。行きましょう!」
逡巡することすらなく二人は声のした方に走り出す。
オリヴィアとシロエは書庫に向かったはずだ。客間の一画から書庫へは階段を上らなくてはいけない。
燭台を持つイーニアスは自分と同じ速さで後ろからついてくる晴人に少し驚きつつも、まっすぐに声の方へと向かった。
しかし階段を登りきり廊下の角を曲がって書庫まであとわずかといった時、先に根を上げたのは蠟燭の火の方だった。
廊下には等間隔の燭台があるとはいえ、手元の灯りが消えたことにより一気に視界が薄暗くなる。
イーニアスは思わず足を止め、後ろに続いていた晴人もそれに合わせて歩みを緩めた。
「申し訳ありません、急に止まってしまって」
「いえ、大丈夫ですよ。それより早く…」
申し訳なさそうに眉尻を下げたイーニアスの隣に並んだ晴人が今度は先んじて歩き出す。
「きゃあっ!」
瞬間、どすんっと鈍い音をたてて何かが二人にぶつかってきた。
「あ」
イーニアスと晴人の声が重なって、更に二対の視線が真下を向く。すべては一瞬のできごとで、「キャーーー!!」夜の静寂を引き裂くような悲鳴が城中にこだました。




