第39話 幽霊会議
「似たような報告は確かに入っている」
オリヴィアに呼び出されたアシェルは少しばかり疲れた声でそう言うと、続いてイーニアスが一枚の紙を読み上げた。
「"暗闇に光る謎の宝石"。"納屋に現れる白い人影"。"廊下に佇む大きな壁"。その他にも、"北塔から聞こえる女の悲鳴"や、"窓に映る怪鳥"など。場所も内容もバラバラです」
バラついているそれぞれの噂は目撃場所も一定ではなく、日によってもまちまちだ。その上、人の口から口へと伝わるうちに尾びれ背びれもついているだろう。
「やっぱり幽霊屋敷だな」
ソファーに座って話を聞いていた桃里は興味のなさそうな顔で後ろに立つ晴人を見上げた。
「そうですね。まぁ使用人たちに目撃されているくらいですし、例の呪いや魔獣などは関係ないでしょう。何より此処は幽鬼り丸の結界に護られていますから、居たとしても悪いものではないと思いますよ」
今までの事件に関わる下手人、あるいは首謀者はかなりの術者だ。簡単に気取られるわけもない。晴人はそう判断し、桃里もまた同意見だった。なにより。
「幽霊なんて珍しくないしな」
「まぁ一応…そこらじゅうに居ますからね」
あまりにもしれっとした会話に一瞬聞き逃しそうになった。
「なんだって?」
「うん?」
「お姉様…幽霊が見えますの?」
きょとんと瞬いた桃里の後ろで晴人は軽く肩を竦めて話を引き継ぐ。
「お嬢。幽霊というのは普通は視えないものなんですよ。オリヴィア様たちはそれが視えたので驚いているんです」
「ああ、なるほど」
晴人の話しぶりから二人にとってそれは珍しいものではないようで、それならば桃里があまり興味を示さないのも納得はできた。
「晴人。君は視えると言ったけど、じゃあ今回の騒動も原因はわかるのかな?」
イーニアスから受け取った書類に目を落としながら問いかけたのはセオドアだった。
「そこまではさすがに。先程も言いましたが私には当たり前に視えているものですからね。特に害がなければ普通の人とすれ違うのと大差ありません」
わかるような、わからないような説明にアシェルたちは困惑する。それが伝わったのか、晴人は思案してから緩慢に頷いた。
「…そうですね。まず私たちの国では魔法と違う特殊な力が三種類あります。シロエたちが扱う妖力、私が扱う霊力。そしてもう一つ、法力と呼ばれる力を持つ者がいます」
「その三つの力はそれぞれ違うものなのか?」
魔法という概念しかなかったアシェルには到底すぐには理解できそうにもない。
「大きな違いはありません。自然の力を増幅させ操作する魔法とほぼ同じです。説明すると長くなるので割愛しますが、要はその力の源が異なるということです」
晴人の説明を子守唄代わりにしているのか船を漕ぎはじめている桃里をよそに、彼は話を続けた。
「ただひとつ、魔法と異なるとすればこの世ならざるモノが視えるということですね」
「この世ならざるもの…幽霊」
「はい。人の理から外れた者、とも言います」
神妙な面持ちで呟いたアシェルに目を細めた晴人は、すっかり寝入ってしまっている桃里の頭をぱしんっと軽く叩く。
「…んあっ」
「例えばここで寝こけているお嬢も、普通の人間からするとこの世ならざるモノの血が半分流れています。妖というものは本来、人目につかないものですから」
「…なんだ?話はもう終わったのか?」
寝ぼけているのかきょろきょろあたりを見渡している桃里はとてもじゃないが"人ならざる者"には見えない。
「まぁそういうわけですから、我々からするとそう騒ぐことでもないように思います。鳥が空を飛び、虫が葉を寝床にするのと変わりありません」
「そう言われると、確かにそういう気にもなるけど…」
とはいえこうも城中で騒ぎになっているのだ。自分たちは納得したとしても放っておくわけにもいかないだろう。
「一応確認だけど、晴人は幽霊を退治…追い出すことはできるのかな?」
「できますよ」
あっさり返ってきた答えに、「でしたら!」と明るい声を上げて手を叩いたのはオリヴィアだった。
「晴人様とわたしたちで幽霊さんにお引き取りいただきましょう!」
名案だとばかりに目を輝かせたオリヴィアに、アシェルとセオドアは顔を見合わせる。果たしてそう上手くいくのだろうか。
「そうと決まれば善は急げですわ!今夜決行です!」
微妙そうな顔をする兄たちに静止の隙も与えずに、話を進めていくオリヴィアはくるりと晴人へ向き直った。
「お願いしますわね!晴人様!」
「ええ、かしこまりました」
トントン拍子で今夜の予定を立てていくオリヴィアと晴人の間で、何がなんだかわからず置いてけぼりの桃里はそれぞれの顔を見比べるばかりだった。




