第34話 令嬢たちの楽園
麗らかな午後の日差しが差し込むきらびやかな一室。
宝石を散りばめたような菓子が広がるテーブルを囲み、花も恥じらう乙女たちの華やかな笑い声が楽しげに響く。
「今日のミア様のお召し物はいつもと違う雰囲気ですのね」
「そうですの。仕立て師がこの色も絶対似合うからって仰られてね」
「ええ、本当に。とてもよくお似合いですわ」
「ですがそのローズイエローも霞むほどミアがお美しくて」
「まぁ、そんな。ソフィーもエルシィも、それにベルも。今日もとても素敵なドレスですことよ」
「ミア様に褒めていただけるなんて」
「光栄ですわぁ」
「ありがとうございます」
おほほほ、うふふふ。何がそんなにおかしいのか。
口元に手を添えて笑い合っていた少女たちだったが、ふと一人の少女が笑みをやめたことにより水を打ったように静まり返った。
そして示し合わせたように視線が一点に集まる。
「ねぇ、トーリさん。あなたのお召し物も変わっていてとてもおもしろいですわね」
「どうも」
急に話を振られた桃里は内心、辟易しながらもにこりと笑って相槌を打った。
ここはとある伯爵邸。今日は月に一度の婦女子の集まりらしく、どうしたことか、そこに桃里も参加していた。
(…うーん)
彼女たちの中心にいる少女、ミアを筆頭に全員の視線が鋭く刺さる。明らかに敵意を持ったその眼差しに桃里はなんとか溜め息を堪えていた。
*******
「招待状?私に?」
「ああ」
渡された手紙を開くと、流れるような文字が青いインクで綴られていた。
しかしようやくこちらの文字を覚えはじめた桃里にはさっぱりで、内容はアシェルによって代読されることになった。
「まぁ要約するとこの前の茶会の詫びがしたいらしい。月に一度、ご令嬢たちで行っているアフタヌーンパーティーに桃里を招待したいそうだ」
「絶対したくないやつだろ、それ」
「…そうだな」
先日の茶会でもありありとわかるほど露骨に敵愾心を向けて嫌がらせを試みていたミアが、わざわざ自分たちのパーティーへ誘いを寄越すとは思えない。きっと何か裏がある。
「だからもちろん断っても」
「行くよ」
「そうか、行く…は?」
「行くよ、そのパーティー」
逡巡することもなく参加を決めた桃里に、アシェルは豆鉄砲を食らったように目を瞬かせた。
「裏があるのはわかってる。でもそれなら好都合だ、この前のことに探りを入れられる」
魔獣事件が起こった茶会。あれは明らかに意図的に計画されたものであったが、まだ確固たる証拠は掴めていない。
「だが…これは婦女子の集まりだから俺はいけない」
「もちろんわかってる。少し探りを入れるだけだし、さすがに人目があるところで何かしてくることもないだろう」
なかなか首を縦に振らずに渋っていたアシェルだったが、彼が信頼を置く侍女とシロエを付き人にすることでなんとか納得してくれた。
それが三日ほど前のことだった。
急な申し出も準備をさせないためわざとだったのだろう。
実際、その話を聞いたオリヴィアは怒りを露わにしながら自身の持つドレスを引っ掻き回していたが、彼女のものは丈が足りず、結局初めて登城した時の自前の訪問着を着ることにした。
幸い着物は綺麗に手入れをされて仕舞われていたので問題なく袖を通すことができたものの、異国情緒あふれるその出で立ちは逆に大いに目立つことになってしまった。
「確か初めてゲイルシールド城でお会いした時もお召になっていましたわね」
「あら、そうですの?」
「他のドレスはお持ちではなくて?」
「まさか、そんなわけありませんわ。だってトーリさんは城にご滞在されるほどのご令嬢ですのよ」
「そうですわ、それにどんなドレスでもお似合いになりそうですもの。よほどそのお召し物がお気に入りなんですわ」
「ふふ、そうですわね。普通は特別な席に同じドレスを着回したりしませんもの」
一切間を置かずに飛び交う会話にもはや誰が何を言っているかもわからない(そもそも聞くつもりもないけれど)。
(特別な席だったのか、これが)
しかしそれが呆れるほど遠回しな悪口であるということだけは理解できる。
とはいえ事実、桃里はドレスなんて持ってはいないし自国にいたころから着物には無頓着な方だった。
この訪問着もなぜか用意周到な晴人が持ってきていただけで、故郷の箪笥にあったものかすらも記憶にない。
「…そうですね。私の国では物を大切に使う習わしがあるので。それにこんな洒落たパーティーに招かれることも早々ないことです。だから着物は一枚あれば十分なんです」
我ながらやればできるものだと感心したくなるほど落ち着いた声音で紡ぎながら微笑むと、きちんと結い上げた黒髪が一房さらりと頬に流れる。
「まぁ…そうですの。随分と貧しいお国なんですわね」
「いけませんよエルシィ、そんなことを言っては」
「申し訳ありません、ミア様」
悲壮感たっぷりに憐れみの目を向けてくる少女――茶色い髪をしたエルシィをミアが静かに嗜めた。
「気になさらないでくださいね。彼女たちはみんな伯爵、子爵の家の者ですから。トーリさんのような身分の方とはあまりお話したことがありませんのよ」
ごめんなさいね、と眉を下げながら一番嫌味なことを言ってくるミアに、桃里はいよいよこれは一体なんの茶番なのかと首を傾げそうになってきた。
(つまり…こいつらは私を罵りたいだけだったのか?)
なにか掴めるのではないかとそれなりに意を決してきたと言うのに、蓋を開いてみてこれだとあまり此処にいる意味もなくなる。
また四人で話をはじめた彼女たちの目を盗んで、桃里は少し離れたところに待機している侍女たちを見やった。
一人はシロエ。もう一人はアシェルがつけた侍女のジュリアだ。
珍しく顔を真っ赤にしているシロエを抑えるように一歩前にいるジュリアは、すべてわかっていたかのように眉を下げて小さく口を開いた。
――お辛ければ「気分がそぐわない」と仰ってください――
普通の人間なら小さすぎて聴こえないジュリアの声も桃里の耳にはしっかり届いており、彼女の細やかな気遣いに小さく微笑んだ。
――だいじょうぶ――
桃里の声もまた、きゃあきゃあと笑い合う声に掻き消されるほど小さく微かなものだったが、それは耳のいいシロエに届いたのだろう。二人はそっと頷いた。
正直、何を言われても構わなかった。桃里からすると少女たちの言葉にはまったく意味がなく、なにより嫌われても何一つ困らない。
(しかたない、もう少し付き合ってやるか)
この様子ではおそらく桃里が望むようなことは引き出せないだろうが、ここまで来たらしかたない。
桃里は改めて腹をくくることにした。




