第30話 それぞれの門出
少ない手荷物とともに孤児院の玄関でセオドアを見送るのは院長のエレノアとレオだった。
「じゃあ、後は頼んだよ」
「ええ。どうぞお体にはお気をつけて。またいつでもお待ちしております」
「エラにはおれがついるから!」
「ああ、頼むよ、レオ」
孤児院を一人で回していたエレノアに手伝いをと考えていたときに、名乗りをあげたのは予想外なことにレオだった。
詳しい事情は知らないが孤児院に入ることに抵抗し物盗りをして生活をしていたレオは、桃里と出会ってから少しずつ心を開くようになっていた。城に来てからは真面目に勉学に励んでいたと聞いている。
「それじゃあ、いってくるよ」
孤児院から一歩、外に出た瞬間セオドアの容姿が別人へと変わる。
門の外ではアシェルとイーニアス、そして桃里が待っていた。三人ともまた普段と異なる容姿をしている。アシェルの認知を歪める魔法が発動したのだ。
大きめの荷物はイーニアスが、他の二人もそれぞれ荷物を持って馬車が控える町外れの広場へと向かう。
「ごめんね、桃里ちゃん。荷物持ちなんてさせてしまって」
自分たち以外には少年に見えているであろう少女は、明るい顔で首を振ると手に持つ荷物とは別の紙袋を掲げてみせた。
「串焼きだ。馬車に戻ったらみんなで食べよう」
「なるほど、お目当てが手に入ったようでよかったよ」
二十本は入っていそうなずっしりした袋を上機嫌で持つ少女は、ふと孤児院の方を振り返ってからセオドアを見上げた。
「レオは大丈夫だったか?」
「ああ、とても頼もしかったよ。でも君と離れてきっと寂しいだろうから、また会いに行ってあげてほしい」
「もちろん。その時は兄上も一緒だ」
彼女がこの国で初めて知り合ったのはレオだと聞いている(アシェルたちを除けばだが)。城ではことあるごとに一緒にいたと聞くし、二人はもう姉弟のような存在なのだろう。
そんな彼女が兄と呼んでくれるのは少しくすぐったくもあり、そしてなにより、少し視線が痛い。
「兄さん。すぐそこに馬車が待っていますが、城の付近には公爵家から引き上げてきた兵が待機しています。そこと合流したら乗り換えて下さい」
すっと桃里との間に割って入ってきたのは弟のアシェルだ。周囲を気にしつつもあえて敬語で段取りを伝えてくる声音に、僅かな険を感じて思わず笑いそうになるのを何とか堪える。
「遠征帰りの体を装う。わかっているよ」
「それならよかったです」
「あっ、おい。それくらい持てるぞ」
ひょいっと、串焼きの袋を取り上げて先に歩き出すアシェルの後を、文句を言いながら追いかけていくのはもちろん桃里だ。
代わりに隣に並んだのは一番多い荷物を持つイーニアスだった。
「アレク様はここ最近ずっとあの調子なんです」
アレクはアシェルの外での名前だ。忠実な家臣で常にアシェルの側に控えるイーニアスは、自分よりもずっと兄らしい眼差しで前を歩く背中を見つめる。
「先日の一件もあってか少々過保護なほどに。とはいってもまだ彼女から一本も取れていないのですが」
「剣の腕はおまえよりも上だと言っていたね」
「はい。ですが彼女は女性で、まだ歳もお若いですから。アレク様は無茶ばかりする桃里様に気が気じゃないようです」
「僕からするとあいつもまだまだ似たようなものだと思うけどね」
母親から受け継いだ魔力は国一と言われ、実際子供の頃から才覚を発揮していた弟と、遥か遠い異国から現れた力強い少女。
「まったく、これ以上にないほどぴったりだと思うのは僕だけかな?」
「私も、同意します」
いつしか串焼きを巡る攻防をして走り出している二人の背中を見やりながら、今夜くらいはイーニアスとゆっくり酒を飲めればいいなとセオドアは密かに思っていた。
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セオドアたちを見送ったエレノアは新しく迎えたレオに慈愛を含んで微笑んだ。
「レオ」
「なぁに?」
一生懸命、荷物を運ぶレオは以前に比べてずっと明るく子供らしい表情をするようになった。
「向こうではトーリさんたちとどんな生活をしていたのですか?」
「えっとね、トーリと一緒にリヴィ様から読み書きを教わったり、シロエやクロトといろんなお手伝いをしたりしてたよ!」
目を輝かせながら城での生活を話してくれるレオに、エレノアはただ愛おしむように頷き続ける。
レオは元々城下町から南へ向かった小さな村の産まれだった。
父親は国境の門兵をしていたそうだがレオが生まれてすぐに諍いの最中に亡くなり、女で一つで彼を育てていた母親もまた、疲労がたたり流行り病に罹り数年前に他界したと聞いた。
「それから本も読めるようになってね」
その後は親戚を頼りに城下町へ移って来たそうだが、そこでも辛く当たられたらい回しにされ、気づけば孤児になっていた。
それ故か大人や国にあまりいい印象を持っていなかったレオは、エレノアが手を差し伸べた時にはもう心を閉ざしきっていたのだ。
「レオ」
「なに…っ、エラ?」
絶え間なく話し続けていたレオは、不意に抱きしめてきたエレノアに狼狽えたように視線を彷徨わせた。
「うちに来てくれて、ありがとう」
「っ…」
抱きしめた腕を緩めて視線を合わせたエレノアは、熱くなる目頭を誤魔化すように眦を下げる。
「お城で学んだことで、これからは私を助けてね」
「…うん!」
頼りにしているわ、微笑んだエレノアにレオは一瞬戸惑ってから大きくひとつ頷いた。
「任せてよ!エラはおれが守るって、トーリとも約束したから!」
ずっと背を丸めて怯えた目をしていた少年が胸を張る姿を本当に頼もしく思いながら、エレノアは胸の中でかの少女に感謝して祈った。
レオを助けてくれてありがとう、と。




