第25話 閑話 レオくんの奮闘日記
おれの名前はレオ。まだ城に来たばかりの見習い下男だ。なんで城に仕えるようになったかは置いといて、おれは今困った状況になっていた。
「くっ…届かない」
城の中にある広大な書庫。その一角で首が折れんばかりに書棚を見上げながらおれは奮闘していた。
積み上げられそうな箱でもあればよかったけど、探してみても見つからない。書棚に立てかけるように天井に伸びた梯子は重すぎて動かせなかった。
「…まさかあんなところにあるなんて」
下働きの合間を縫って三日に渡って探し回り、ようやくそれらしき物を見つけたというのにどう頑張っても取れそうにない。
悔しさに歯噛みして俯いた時だった。
「あれ取りてぇの?」
聞こえてきたのは少し気だるそうな声。びっくりして振り返るとそこにいたのは庭師のような格好をした黒髪の、まだ少年とも呼べそうな年の男だった。
「か、からすさん!びっくりさせないでよ」
からす、と呼ばれるその人はおれの見上げていたところをしばらく眺めてから、「あれか?」と本を指さして、ばさりと大きな羽音を立て宙に舞い上がった。
おれを抱きかかえて。
「わぁぁ!?高い!高いっ!」
「低いだろ」
豪奢な書庫にはそぐわない、バサバサと翼のしなる音。
ふと見下ろすと随分と遠くに感じる床に、胃が縮むような感覚がして思わず腕にしがみつくと、「早くしろよ」面倒くさそうにからすは言った。
その落ち着いた声にようやく視線を前へと向けると、そこには先程までまったく手が届かなかった本がある。
「あ…」
「ほら、さっさとしろ。落とすぞ」
「あっ!取る!取るから!」
地面に足がついていることに初めて有り難さを感じながら、おれは本を大事に抱えた。正直かなり怖かったけれど、それと同時に少し楽しかった。
「あの、ありがとう」
「どーいたしまして」
羽根が引っ込んだ背中は特に服が破れたりもしていなくてとても不思議に思うも、今はぺこりと頭を下げる。
「そういえばからすさんは何で書庫に来たの?」
「なんで…あー。ちょっと今逃げてて」
「逃げる?」
からすさんは自分とは違い城の客人扱いのはずだ。そんな彼が城の中で追われるとは、自分が書棚と格闘している間に外でいったい何があったのか。
一抹の不安を覚えた時、バンッと今度は大きな音が響いた。
「見つけた!」
廊下からの光を背負った人影は、そのシルエットから女性だとわかる。
「ゲッ!」
「もう逃さないにゃ!」
言うやいなやメイド服を翻して飛び込んできたのは、からすとよく一緒にいる猫だった。
「猫さん!」
からすに飛びつく猫に驚きの声をあげると、にゃっ!?と毛を逆立てた彼女が振り返った。
「あれっ?レオくんだ」
まさしく獲物をとった猫のようにからすの上に座り込んでこちらを見上げる女の子は、きょとんと不思議そうに首を傾げた。
「へぇ〜。これあたしたちの国の本だ」
「こんな古臭いもんよく見つけたな」
おれたちはなぜか円になって開いた本を見下ろしていた。そこに書いている文字は異国の言葉で、猫が言うには昔々の御伽話らしい。
「ちょっとでもトーリたちの国のことを知りたいなと思って。そしたらオリヴィア様が書庫に本があるはずだって言うから」
「それで探してたのか」
「うん。…でもやっぱりまだ読めないや。この国の文字だってやっと名前を書けるようになったばっかりだし、当たり前だよな」
頭をかいて笑うと、猫はふるふると首を振った。
「お勉強しようって気持ちが大事なんだよ。それに自分の名前が書けたらもう天才にゃ!」
「そう、かな。へへ、そっか」
なんだか褒められた気分になって照れくさくもう一度笑ってから、おれはふと思った。
「あれ?そういえば、からすさんと猫さんの名前は?おれまだ聞いてなかった」
今更すぎる質問だ。怪訝そうに顔を見合わせた二人に、失礼だったかと慌てるのも、からすさんはあっけらかんと言う。
「俺は鴉で、こいつは猫だ」
「え?」
びっくりして固まるおれに、猫はくすくす笑う。
「あたしたちってあまり名前とか気にしないの。人間や神様は名前があるけど、あたしたちは三毛とか、猫の、とか。みんなそんな感じ」
「そうなんだ。なんか変な感じだね…」
名前がない。名前しかなかった自分からすると、それすらないのは少し寂しい気持ちになった。
「人間はみんな名前があるもんね」
「ないやつもいるだろ、たぶん」
「あっ!でも知り合いには名前がある妖もたくさんいるよ。でも大体みんな人間が呼びやすいように勝手につけたやつだったり、誰かの眷属になってる妖にゃ」
「勝手に?」
「うん。お嬢のお父上、お館様の名前は奥方様がつけてたよ。……たぶん二十年前くらいからそのお名前だったかな?」
「五百年前は別の名前だったらしいしな」
「ご、ごひゃく?」
それから色々な話を聞いた。トーリのお父さんは五百年以上生きている人(人?でいいのかな)で、お母さんは人間でとても綺麗な人だったらしい。
トーリたちの国には長く生きる種族の、あやかしと呼ばれる人たちがいて、からすと猫もそういう種族なのだという。
「じゃあ二人はいくつなの?」
「俺は…七十年くらい生きてるな」
「あたしはまだ三十年くらい?あ、ただの猫だった時も入れたら四十くらいかな?」
人間で言えばもう老人といってもおかしくない年齢にひっくり返りそうになりながら、でもだったら、とおれはおすむおずとお願いをした。
「じゃあさ、二人の名前、おれがつけてもいいの?」
きょとんとする二人を上目遣いに見やると、からすはやはり面倒くさそうに、猫はぱっと目を輝かせた。
「好きに呼べばいい」
「うんうん!なんでもいいよ!」
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「クロト!シロエ!」
城の外の広い裏口で荷降ろしの手伝いをしている途中、場内へ繋がる廊下を歩く二人を見かけて大きく手を振った。
「お出かけっ?」
「うん!今からお嬢に頼まれたお遣いにゃ!」
「ったく、パシリばっかだぜ」
同じように手を振り返してくれるシロエは今日はメイド服ではなく簡素ながらも可愛らしいワンピースで、クロトは変わらず庭師スタイルだ。
「いってらっしゃい!気をつけてね!」
「お土産買ってくるね」と出かける二人に、おれは幸せな気持ちになる。
名前を呼べる人が増えた。
「おいレオ!サボってないでこれ運んでくれ!」
「はーい!」
名前を呼んでくれる人が増えた。
まだまだ覚えることもいっぱいで、失敗することもたくさんあるけれど、これから自分も、誰かの役に立てる人間になりたいと思う。
あの日、自分を助けてくれたトーリのように。強くて、優しい人になりたい。




