第21話 シルフ兄弟
桃里とアシェルが訪れたのは城下町の外れにある孤児院だった。
今回は裏口からの訪問だったが、前もって話を通していたこともあってかエレノアはあの日と変わらない朗らかな笑顔で歓迎してくれた。
久々に会ったこともあり積もる話もあったが今日は目的がある。いくつか言葉を交わして子供たちに手土産を渡してから、二人はエレノアによって人払いがされた二階の一番奥の部屋に向かった。
「どうぞ」
目的の部屋の扉をノックすると返ってきたのは落ち着いた少し低めの声。
「久しぶり、兄さん」
作りは他の部屋と変わらなさそうだが、机とベッド以外は壁一面にびっしりと書物が詰まった棚が並ぶ、そこは簡素な書斎だった。
「やあ、アッシュ。元気そうでなによりだよ」
出迎えてくれたのは明るめの淡い茶色の髪をした長身の男。アシェルの兄、セオドアだ。
久々に会う弟の姿を見て安堵したように柔らかく細められた紫水晶が、次いでゆっくりと桃里の方へ移された。
「君が桃里さんだね」
「はじめまして。お目にかかれて光栄です」
「ふふ、そうかしこまらないで。アッシュから話は聞いてるし…それに、僕の方は実ははじめましてじゃないんだ」
「え?」
気楽にテディと呼んでくれ、と軽やかに笑うセオドアは確実に初対面のはずだ。
この国に来てからの記憶をひっくり返しても心当たりはない。しかしこの容姿だ。一度会ったら忘れなさそうだがと首を傾げた桃里に、セオドアはくつくつと喉を鳴らした。
「大丈夫、君は知らないよ。実は君たちが初めて来た時にここから見ていたんだ」
そう言って指差したのは今は目隠しの引かれた窓だった。
「視線なんて感じなかったが…」
「この部屋にはアッシュが隠匿の魔法を張ってるからね。外からはわからないと思うよ」
驚きながら振り返ったアシェルは少し得意気に肩を竦めてみせる。
「立ち話もなんだ、座ってくれ。手紙はすべて目を通したが、君たちの話を改めて聞かせてほしい」
桃里とアシェルがこれまでの経緯を話し終えると、まるで見計らったようにエレノアが運んできてくれたお茶で一息つくことにした。
「まだほとんど憶測の域は出ないけど、私の見立てはそんなところだ」
ハロルドと話した内容を伝え終える頃には桃里の口調はすっかり砕けていて、セオドアもまた変わらず柔らかい物腰で頷いた。
「状況はわかった。僕が戻って大丈夫そうだということもね」
「そこに関してはむしろ戻った方が安全だと確信してる。敵の目的が城の一族なら真相が見えるまではできるだけ一緒にいた方がいいだろ」
「俺も桃里と同意見だ。手紙にも書いたが兄さんには一旦戻って、お祖父様とも話てもらった方がいい」
二人の言葉に少しセオドアは考える仕草を見せるも、お茶に口をつけてから小さく息を吐いた。
「正直、僕はここの方が性には合っているんだけどね。でもアッシュやリヴィに政務を押し付け続けるのもやはり違うとは思っている」
複雑な事情は色々とあるのだろう、桃里は少し温くなってしまったお茶を一気に空にするとカップを置いて立ち上がった。
「私は席を外すよ。ここから先は二人で話した方がいい」
「桃里」
「せっかく来たんだ。エラや子供たちとも話がしたいんだ」
容姿はあまり似ていないように思える兄弟だったが、きょとんとした顔はやはり似ていると思いつつ桃里はひらりと手を振った。
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桃里が出ていってからしばらく、兄弟の間に流れていた沈黙を先に破ったのはセオドアだった。
「なるほど、良い娘だな」
「……兄さん」
扉の方を見て頷くセオドアにアシェルは微妙な声音を漏らす。
「他意はないよ。話に聞いていた通り聡い娘だと思っただけだ」
桃里が関わっている話は概ね終わった。後は王家一族の、それも身内話になってくる。
複雑な事情を察して席を外してくれた彼女の気遣いがアシェルには有り難かった。
「それにしてもあの子があの御伽話のお姫様とは。そこはまだにわかには信じられないな」
「兄さんは見てないからそう思うんだ。俺も最初は半信半疑だった」
「ふぅん」
何やら含みのある笑みを浮かべる兄に、アシェルはわずかに眉根を寄せる。何を言いたいか手に取るようにわかっているからだ。
「それはともかく。桃里の話したことはほとんど当たっていると思う。それに俺もこの二年間、一人でも政務に携わってきたが……まだまだ力不足だということを痛感した」
「つまり?」
「…帰ってきてくれ、テディ」
懇願するように呟くアシェルに、セオドアは首を縦には振らなかった。
兄や周りがどう考えているかはともかく、アシェルは自分があまり政務に向いていないと自覚していた。反してセオドアは魔力こそないが、その膨大な知識や能力はここでくすぶっていていいものではない。
「それに桃里から聞いたんだが、彼女の里は一族が一丸となって治めているらしい」
「へぇ?」
「それも面白いのが、桃里の一族では血族以外も家族というらしい。実際彼女の従者たちは誰も血は繋がっていない。それどころか人間でもないそうだが、桃里は彼らを家族と呼ぶんだ」
珍しく饒舌になるアシェルに、セオドアはもう茶化しはせずに目を細めて静かに相槌を打つ。
「彼女たちを見ていて思ったんだ。俺たちもあんな風に…国を動かせないものかと。王族や貴族、民と隔たりを作るのではなく、この国を大きな家族のようにできないものかと」
「その話はお祖父様やお母様にはしたの?」
現国王である父のことが出ない時点でその道は遠いと思いつつもアシェルは頷く。
「途方もない夢だけど、お祖父様は賛成してくれた。…でも母様とはまだ話せていない。それどころか顔も合わせてはいないんだ。どうやら避けられているようで…」
エヴァの真意がはっきりしない理由がここにある。彼女は未だに皆の前に姿を現していなかった。しかしそれを追求するには今はまだピースが足りていない。
「そうだったね。…まぁアシェルの意見はわかった。僕も概ねは賛成だ」
「なら」
「ああ、戻るよ。元々そのつもりだったしね」
「…だったら何ですぐそう言ってくれなかったんだ」
しれっと戻ることに同意され、アシェルは不満を露に眉を持ち上げるもセオドアはゆっくりと唇に三日月を描いた。
「それは、我が弟が立場も弁えずに情けなく泣きついてきただけなら断ろうと思っていたからさ」
「いくらなんでも酷すぎないか」
「そんなことない。それにおまえが今回の功労者だということはわかっている」
まだ不満そうなアシェルにおもむろに手を伸ばしたセオドアは、まるで子供にするようにわしゃわしゃとそのプラチナブロンドを撫で回した。
「あの泣き虫が立派になってくれて兄は嬉しいよ」
「いつの話だ!」
セオドアは反対派も多い中で第一王位継承権を得た。不義の子で、しかも魔法もろくに扱えず風当たりも強い中でとにかくその知性と知識、それに加えて武術も磨き上げた。
この二年は身を隠すように言われていたがそれまでは幼い頃から王になる者として厳しく躾けられ、父がほとんど表に立たなくなってからはまだ幼かったアシェルやオリヴィアの代わりに母の補佐を努めていた。
この孤児院に身を寄せていた理由も、セオドアがここの管理を祖父に任されていたからと言うこともある。
「エラにも話をしないといけないな」
エレノアはセオドアより三つ年上で元々この孤児院の出身だった。
ちょうどセオドアがここに身を寄せる前に先代の院長が病で職を離れることになり、その時二代目に名乗りを上げてくれたのが彼女だった。
それまで世話になった恩に報いたいからと言ってくれたエレノアは、今日まで本当によくしてくれている。
「一人じゃ大変な事も多いだろう。信用できる者を派遣しないと」
「まずはそこからだね」
どちらともなく頷きあうと二人はふっと口元を緩めた。
まずは第一歩。大きなことに立ち向かう準備ができたとアシェルが差し出した右手を、セオドアは優しく握り返した。




