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第2話 少女と青年

 時が止まったように感じたのはどうやらほんの一瞬だったようで、瞬きすら忘れていたアレクの耳に慌てた従者の声が届いた。


「アレク様!お怪我は!?」

「大丈夫ですか、お嬢」


 駆け寄ってきた二つの声にはっとして我に返る。

 まだ上に乗っている少女を気遣いながら上体を起こそうとするも、なぜか驚いたように少女の方が先に飛び退いた。


 身軽な所作で地面に降りた少女は、彼女とともに現れた長い黒髪をした男に走りよると訝しむようにこちらを睨んでくる。


「これは申し訳ありません。少々急いでいたもので。あ、言葉は通じますか?」


 どう急いだらあんなところから降ってくるのか。


 少女を庇うように一歩前に出た男は柔和な笑みで手を差し出してくるも、アレクはそれを取らずに自ら立ち上がる。


「あなた方は何者です」


 アレクとの間に割って入ったのは自身の従者、イーニアスだ。彼は当然のように鋭い視線を男と少女へ向けた。


「イーノ、下がれ。大丈夫だ」

「ですが」

「大丈夫だ」


 従者として主を危険に晒すわけにはいかないという彼の意はわかるものの、どうしてだろうか。目の前の二人はなぜかそれほど危険な人物には思えなかった。


「俺は平気だ。彼女のほうが…」

「この通りピンピンしているのでご心配なく。あなたにお怪我がなくてよかった」


 威嚇するように唸っている少女とは対象的に、場違いなほど穏やかな声で答えた男はしかし、その笑顔はどこか人を寄せ付けない雰囲気がある。


「それで何故あのような場所から?見たところあなたたちは異国から来たようだ。入国には入国許可書と検疫が必須で…」


 そもそも空から降ってきたのだ。言葉も通じて危険はなさそうだとはいえ、不審者であることに変わりはない。


 他にも思うことがありアレクが一歩踏み出した瞬間、それまでじっとこちらを睨んでいた少女が急に走り出した。


「っおい…!」


 するとその後を追うように、どこからともなく猫と鳥が飛び出してくる。少女の行動にさすがに驚いた顔を浮かべた黒髪の男も、一瞬こちらに視線を向けてからすぐに駆け出していってしまった。


「待て!」


 すぐさまイーニアスが後を追うのを見つめながら、アレクはふと何かに気がついて視線を落とす。


 するとそこには一枚の手紙のようなものが落ちていた。


(……彼女は)


 見慣れない文字で殴り書きされたようなそれを手にしたまま、アレクは少女たちが消えた方をじっと見据える。


 少女が駆け出すほんの一瞬。僅かに垣間見えたその横顔は、まるで泣いているように見えたのだ。




*******




 闇雲に裏路地を飛び出すとひときわ強い潮風が吹き抜けた。桃里は咄嗟に目を細めるも、その拓けた世界に今度は大きく瞠目して思わず足を止める。


「お嬢」


 ざわざわと行き交う人々を見つめて佇んでいた背後から、ぽすんと頭に手を乗せられた桃里はまだ動揺した様子で振り返った。


「…ここは、どこなんだ。あの男は誰だ!」


 一纏めにした癖のある黒髪が風に靡いて、赤い牡丹柄の陣羽織の上を流れて落ちた。


「私にも皆目。ただここがお館様の言っていた国、としか言えませんね」

「嘘だ。おまえは何か知っているんだろ」

「確かに多少の事情は訊いています。ですが詳細は知らされていません。ただ、ここへ行けと」


 言いながら晴人の視線は先程駆けてきた道へと戻されてしまい、桃里もまたそれを追うようにそちらへ向きなおった。


「…さっきの男から親父の妖気がした。――それに」


 桃里の視線はもう晴人には向いてはおらず更に遠く、立ち並ぶ家々の隙間からでもしっかりと覗くほどの巨大な城の方を見据えていた。


「あとでちゃんと聴かせてもらうからな」

 

 遠くを睨みつけたまま呟いた桃里に、晴人が頷くことはなかった。

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