第17話 禁苑での密談
ガンっと鈍い音を立てて宙を舞った模造剣はそのままの軌道で緩やかに落下して、小さな手の中に綺麗に収まった。一纏めに結い上げた毛先が流れるように背中に散る。
「また私の勝ちだな」
口角を持ち上げた桃里は自身の木刀を腰の革紐に差してから、地面にしゃがみ込んでいるアシェルに模造刀を差し出した。
「…もう一本だ。次は俺が貰う」
まだ低い朝の日差しを浴びてキラキラと輝くプラチナブロンドの隙間から悔しそうな瞳が覗く。
「また同じ台詞を言わせるよ」
剣を受け取り飛び起きたアシェルは実に見事な所作で構えを取る。それに比べて桃里はまるで遊ぶように肩に木刀を乗せて不敵に笑った。
「いざ!」
桃里がシルフィルドに来てから三週間が経った。そしてこの朝の光景はもう十日ほどになる。
アシェルはまだ桃里から一本も取れていなかった。
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二週間前。呪い騒動からようやく動けるようになった桃里とアシェルは揃って禁苑にいるハロルドの元を訪れた。
禁苑の最奥にある屋敷には晴人たちが詰めていて、城の客間で養生する桃里の世話をしていたオリヴィアとレオは交代で密かに通う形になっていた。
「――ああ、君が桃里か。あの時の赤ん坊が随分立派に、大きくなったもんだ」
寝台に背を預けて座るハロルドは、この前見たときよりずっと生気のある顔色で、声にも覇気が戻っていた。
「かつて君の父君に助けられた儂が今度はその娘に助けられた。これもひとつの運命というものか。だとしたら、この縁に深く感謝する。ありがとう、桃里」
「いや、助けたのは私の都合でもあったから。むしろこれからは頼らせてほしい」
眠っている間に采配していたのは晴人だろう。寝台の横に用意された椅子に腰を掛けた桃里は、緩やかに首を振った。
「それで今回の件。知っていることを教えてもらえるか?」
運命、とハロルドは言ったが桃里はそうとは思っていなかった。
「この手紙にはハロルドに会いに行けと書いていた。その時は意味がわからなかったけど…今は何か理由があって私をこちらへ寄越したのだと思ってる」
十六年ほど前に、たった数日過ごしたと言うだけで幽斬り丸を与えたこと。
そして今になってその相手の元へ自分を送り出したこと。いくら適当が着物を着て歩いている性格とはいえ、里の長でもある父がそこまでするとは思えなかった。
「何よりあの呪い、蠱毒はこちらの魔法では太刀打ちできなかった。だとしたら…」
「儂が呪いを持ち帰ったか、そうでなければその使い手がこの国に現れたか…ということだな」
「前者はほぼないと思う。話ではあちらではほとんど父と里にいて、帰還の際には幽斬り丸を持っていた」
となると残るは後者。桃里は後ろに立つ晴人の順に視線を移した。
「残念ながら蠱毒の詳細はわからないままです。ですがあれ程のものは陰陽師の一族でもそう簡単に作れるものではありません。術者はかなり強力な者…それも姿をくらませることにも長けた者だと思います」
晴人の言葉に桃里は目を伏せる。人か妖かもわからない上にその目的の真意も掴めてはいない。
犯人を見つけるまでは解決したと言えないことだけが事実だった。
「お祖父様に呪いをかけた人物はまだわからないが、目的なら心当たりがある」
押し黙ってしまった桃里に代わり口を開いのはアシェルだった。するとハロルドも彼も同じことを考えていたのか、逡巡してから深く息を吐いた。
「これは儂を狙っただけではない。恐らくだが現王…儂の息子のルーカスや、その長子である第一王子を狙った可能性もあるだろう」
「一族が狙われたというのはあるだろうな。でもだったらどうしてアッシュは入ってないんだ?それにリヴィも。今の話なら二人も十分に狙われる可能性がある」
不審を抱いた桃里に微かにアシェルが唇を噛む。そして彼は今日まで聞いたことがないほど底冷えした声で吐き捨てた。
「――呪いに関わっている人間は俺の母であり、現王妃のエヴァ・ド・シルフかもしれないからだ」




