第12話 幽霊鬼り丸"宵い星"
人払いがされた客間。アシェルの声音。いよいよ流れが変わってきたことを察した桃里は、目を細めて居住まいを正した。
「…実は、城に入ってから微かに気配は感じていた」
隣に座る晴人も黙って頷く。晴人は生粋の陰陽師の血を引いた人間で、半鬼の桃里よりも呪を気取るのが上手かった。
「おそらく、呪い」
深く息を吐いてから桃里はそうはっきりと口にした。
「やはり…」
「まだ生きておられるお祖父様を亡くなられたと偽ったのは、その呪いのせいですか?」
「ああ…。政務からは既に離れていたとはいえ、祭典などに顔を出させないままでは諸国からも怪しまれる。しばらくの間は体調が優れず養生しているということにしていたが……」
答えながらアシェルは長い睫毛を伏せる。
「ハロルドはこの国の救世主であり絶対的英雄だった。民の誰もがハロルドを愛していた。だからこそ、これ以上彼らに不安を広げるわけにはいかなかった。そこで協議を重ねた結果、そういう形になった」
「確かに不謹慎ですがいっそご逝去されてしまったとあれば、哀しみはあれども仕方のないことと民も納得はするでしょうね」
国を動かすことはそういうことだ。民のためになるならば時に嘘も使わなければならい。晴人の言い分はもっともで、桃里は頷くしかできなかった。
「死を偽った理由はわかった。でもその呪いは解けないものなのか?こちらにも魔法があるだろう?」
「それが…俺たちにはまったく理解が及ばないものだったんだ」
初めの頃は過労による発作のように思われていたが、その容態は日に日に悪くなる一方だった。
もちろんありとあらゆる手段でハロルドの救済を試みた。医術は元より、医療魔法も駆使された。
そう語るアシェルは本当に悔しそうに拳を握りしめていた。
「そういうことか」
この城に来てから微かに感じる負の気配。それが意味するものは桃里にもわかっていた。そして何より「呪術」と「魔法」が根本的に別物であると言うことも。
「正直、私にはこの国の魔法というものはこれっぽっちもわからなかった。女将が火をおこすのを見せてくれたけど、まるで奇術のようだった」
国でも有数の術師である晴人には多少わかったようだが、あまり呪術が得意ではない桃里はただ目を白黒させていて、女将とレオがおかしそうに笑っていたのはつい最近の話だ。
「魔法では解けない不可解な呪いの正体」
ハロルドにかけられた呪いは魔法によるものではなく、呪術によるもの。それはこの国には存在しえない形の呪い。
ではいったい、誰が、なんの目的でハロルドを「呪術」で呪ったのか。
「…ダメ元だったが、そういうことのようだ」
桃里は締め付けられた胸元を少しだけ緩めて深く息を吐いた。
「とにかくハロルドに会わせてほしい」
*******
善は急げとハロルドの元へ案内される途中。突然、桃里は立ち止まった。
ぞくり、肌が粟立ったのは呪いのせいではない。それは玉座の間に近付くにつれ徐々に徐々に強くなっていく。
ああ、やはり。ここに、在る。
「あの部屋は?」
「そこが玉座の間だ。貴族たちが集まり会議や祭事を執り行うこともある」
玉座の間は王族とそれ仕える貴族の一部のみが立ち入ることを許されている場所だとアシェルは簡単に説明する。
「あそこに…あるんだな」
大きく重厚な扉を前にしてまるで見えているかのように呟いた桃里の隣で、同じように向こう側を見つめていた晴人はどこか懐かしんでいるようにも思えた。
「あの刀は元々、幽霊鬼り丸"明け星"という大太刀と揃って一対なのですが、"宵い星"は特に邪を祓う力があります」
本来は二振りで一対の刀。
「私たちがこの城に来てから感じていたのは呪いの気配だけではなく、あの"宵い星"の結界でもありました」
つまりあの刀がある以上、並の呪術による呪いはかからないはずだ。であれば結界を突き抜けるほどの力か、あるいは。
「ハロルドは城の外で呪われたということだな」
幽鬼り丸"宵い星"の結界はそれほど広範囲ではない。事実、城下町ではうっすらとある程度にしか感じられなかった(アシェルが持つ勾玉の妖気が近すぎて鈍っていたこともあるが)。
しかしその分、力の及ぶ場所に関しては非常に強い結界を張る。この城の敷地内であれば十分効果を発揮していた。
「祖父は遠征に行く途中で倒れた。城から北へ離れた街に辿り着く前だったと聞いている」
二人の言葉を聞き、アシェルは眉根を寄せる。
政務から離れた祖父は各地へお忍びで遠征に出るのを趣味としていた。
実際は国の端々まで自身の目で見ておきたい、他国の情勢を確認しておきたいという視察ではあったのだが、いつも少数の信頼のおける伴だけを連れ容姿を偽って旅立っていたのだ。
「国外へ行くときはさすがに兵もつけていたが、国内は庭だと…いつも近くへ買い物へいくようにふらりと出かけていた」
「それでしょうね。ですがとりあえずあの刀がある限りこの城は安全です」
「やはりまずはハロルドに会おう。話はそれからだ」
名残惜しそうにしつつもようやく扉から視線を外した桃里たちをアシェルは改めて案内する。
玉座の間から少し離れた一室。そこは他の部屋に比べて簡素な書斎だった。この部屋は祖父の隠れ家だった場所だ。
「ここから先は一族以外は入れない禁苑だ。その先に祖父はいる。中のことは他言無用で頼みたい」
「もちろん」
「ではすまないが、二人にも魔法をかけさせてもらう」
そう言ってアシェルはおもむろに桃里と晴人の方へ指を掲げると、二人の胸の上をかすめるように何かを印する。するとふわりと柔らかい日向のような風が吹き、二人を包み込んだ。
目を瞬かせる桃里たちをよそに、アシェルは胸元から錆色の鍵を一本取り出すと、口元に寄せて何事かを呟いてから本棚の隙間へとそっと差し込んだ。
すると途端に本棚は扉へと姿を変え、再び驚いた桃里たちにアシェルは少し悪戯っぽく笑った。
「ここは特別な魔法がかかっていて、入れるのは王族とイーニアスだけだ。…イーノ」
「はっ」
しかしその笑顔も一瞬で、アシェルはすっと唇を引き結ぶ。
「行こう」
アシェルを先頭に桃里と晴人、そしてイーニアスは魔法の隠し扉の奥へと消えていった。




