第11話 妖気の正体
イーニアスに案内されたのは広い客間だった。豪奢な机や椅子、大きな窓からは柔らかく明るい日差しが差し込んでいる。
わざわざ引いてくれた椅子に腰を降ろすと、アシェルを呼びに行くためにイーニアスが席を外した。それと入れ違いに、数名の侍女が入ってきてお茶の用意をしてくれる。
「はぁ…こういう場所は息が詰まる」
「本来ならうちの屋敷でもこうあるべきなのですけどね。まぁなんと言ってもお館様があれですし…お嬢はこれですし」
しっかり着付けられて脚を開くこともできないが、この締付けが辛うじて桃里の本来の性を抑えつけてくれている。
「こんな着物は何年ぶりだし、第一性に合わない」
「私が着付けて正解でした。お嬢はすぐ着崩すので」
「女の着物は苦しいんだよ」
苦情は右から左に流して、出された紅茶に口をつける晴人はすっかりこっちの人間の所作が身についていて少しばかり腹立たしい。
しばらく二人で今後の話や留守番を頼んだ三人はどうしているだろうかと話していると、コンコンと小さく扉が叩かれた。
応えて立ち上がったのは晴人で、それと同時にアシェルがイーニアスを伴って入ってきた。
「待たせてすまない。少し込み入った話をしてい…て……」
謝罪とともに現れたアシェルは桃里の姿を捉えるや、はたと動きを止めた。どうしたのかと小首を傾げてみると、なぜか更に半歩後退ってしまう。一瞬見えた耳が微かに赤く見えたのは気のせいだろう。
「あ、いや。……今日も実に麗しく」
しかしこほんっと小さく咳払いをしたアシェルは、どこか誤魔化すように胸に手を当ててお辞儀する。
「ようこそ、トーリ。わざわざ脚を運んでもらい感謝する」
「…こちらこそ、お招きに預かり光栄、です、アシェル、殿下?」
「……」
「何か違ったか?」
頭を切り替えて形式上の、ついでに先程の少女を真似た挨拶をしてみるも、再び黙り込んでしまったアシェルに桃里は戸惑う。
何か失礼なことをしただろうか。しかしその答えはアシェル自身からすぐに出された。
「…その、殿下というのはやめてもらえないか?」
「でもここではそう呼ぶんじゃ」
「アシェルでいい。それから前のように話してくれて構わない。…というか、話してほしい」
困ったように桃里は晴人をちらりと見やる。前というのは孤児院でのことだろう。
あの時は公私言うならば私で、まさかこんなことになるとも思っていなかったし、その正体を聞いてもぴんとはきていなかった。
どう動くのか正解なのかを問う桃里の視線に、晴人はゆっくりと頷いた。どうやら相手の意のままにということだろう。
「…そっか。ならそうさせてもらうよ。まぁ正直、かなり肩が凝ってきたところだったんだ」
大きく息を吐きながら肩を回す桃里に、アシェルは笑ってから改めて向かいの席に座りそっとイーニアスに目配せする。
それだけでイーニアスは「私は外におります」一礼し退室した。しかしその気配だけは扉の向こう側にしっかりとあり門番をしているのだと理解する。
「それでトーリ。君に見せたいものはまずこれなんだ」
そう言ってアシェルはおもむろに首の後ろに手を回すと、後ろ手で器用に外したそれを机の上に置いた。
それは濃い紅色をした勾玉だった。
「これ…!どうしてアシェルがこれを…!?」
ほとんど反射的に手に取ったそれはアシェルが身につけていたからか微かに温かく、しかしそれ以外の熱を桃里は確かに感じていた。
「これは親父の妖気だ。そうか…だからおまえから親父の気配がしていたんだ」
初めて出会ったあの日、目の前にいた(正確には下敷きにした)アシェルから父の気配がして激しく動揺した。
「これはお館様の刀についていた飾り紐の勾玉ですね。この紅色は失くしたと言っていた、幽鬼り丸"宵い星"の飾りです」
的確に当てていく晴人に確信を持ったのか、アシェルは僅かに安堵したように息を吐いた。
「確かに、これは元々あのカタナという剣の鞘についていたものだ」
「なるほど、これが結界を開く媒介になっていたと言うわけですか。…これをどこで?」
桃里の手のひらに乗る勾玉を見下ろしながら、事の次第を整理していく晴人は改めてアシェルへ問いかけた。
「あのカタナは難破した祖父が持ち帰ったものだ。海で溺れた祖父が唯一持参していた酒の礼に貰ったとものだと」
「あー、なるほど。確かにお館様のやりそうなことです」
あの散らかり放題のガラクタ屋敷のせいではなかったんですね、と深々と頷く晴人の様子から、アシェルはなんとなく祖父が話してくれていた鬼というのは本当にあの話のままの人物像だったのではと思い始めていた。
子供だましに多少盛っていると思っていたが、どうやらそれは外れていたようだ。
「その宝石は幼い頃に祖父が内緒でくれたものだ。お守りだから必ず身につけていろと」
どういう意図であの刀が渡され今に至ったのかわからないが、おそらくその時から今日のことは仕組まれていたのだろう。桃里は勾玉を握りしめて眉を寄せた。
「宵い星も、ここにあるのか?」
「ああ。今は玉座の間に納められているから後で持ってこよう。――それで桃里、もうひとつ、君に診せたいい人がいる」
みせたい人。会わせたいと言わなかったアシェルの言葉を怪訝に思いつつも、今更引けるわけもなく桃里は黙ったまま頷いた。
肯定と受け取ったのだろう。少し言葉を選ぶように間をおいたアシェルの声は、先程より険しいものだった。
「祖父、ハロルドは……まだ生きているんだ」
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ダンッと激しく響いた音に、側にいたメイドが驚きティーカップを落とした。
幸い絨毯の上で破れはしなかったものの「もっ申し訳ございません…!」メイドは悲鳴のような謝罪をする。しかしそれすら聞こえていないのか、ミアはぎりっと爪を噛んだ。
(何ですの、あの女!?)
物珍しい出で立ちをした自分と同じ年頃の女。その女から向けられた興味のなさそうな視線。なによりあのアシェルに招かれていたという事実。
突然現れた得体のしれない女の存在すべてがミアを苛立たせていた。
「――まぁいいですわ」
ハロルドの知り合いだとイーニアスは言っていた。そこが少し気になる部分ではあるが、肝心のハロルドはもういない。きっと、きっとすぐに出ていくだろう。
(王太子妃の座は誰にも譲りませんわ)
そう、その時まではそう思っていた。




