↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

111/123

第111話 御剣の双子

 およそ三十六年前、大都でも屈指の呪術師一族である御剣家に二人の赤ん坊が誕生した。本来であれば喜ばしい日となり祝いと希望に満ちていたはずだった。


 しかしその日、御剣家は阿鼻叫喚に包まれた。 


 男女の双子。


 元気な産声をあげて産まれた赤子は、双子だった。


 東の国では双子は凶事の兆しと呼ばれ忌み嫌われ、そのほとんどは初乳はおろか、母の腕に抱かれるより前に命を絶たれる悪習がある。


 しかし、神道である御剣家はそれをすることができなかった。


 そこに加えて、ここ近年は産まれる赤子の数が減り続けている。元々呪術や呪いを商う一族だ。そういった変事は数十年に一度は見舞われることがあった。


 ゆえに一族は強い霊力を秘めているであろう女児だけを残し、男児の方は山奥へと人知れず捨て置く手段を選んだ。


 その女児が、後に桃里の母となる暁緒(あきお)。

 そして男児が、晴人だった。


「じゃあ晴人は桃里ちゃんの伯父だったってこと?」

「そういうことになるな。このことをお嬢は知らないけどな」


 暁緒が御剣家で呪術師として育てられていく一方で、晴人も幸いなことにその命を繋いでいた。


 山に捨てられた赤子は、偶然通りかかった男に拾われた。


 男の名は弓削 芳晴(ゆげ よしはる)。人里から離れた山奥で一人、鍛冶屋を生業としている変わり者の男だった。


 芳晴の元で鍛冶職人としての腕を磨くと同時に、晴人は呪術の腕もあげていった。


 なぜならば育ての親である芳晴もまた、元は御剣家の分家の人間で、故あって一族を離れたはぐれ者だったのだ。




 そうして十数年の月日が流れた頃。


 病で他界したばかりの芳晴に代わり二代目として鍛冶屋を営んでいた晴人の前に現れたのが、今や希代の呪術師として名を馳せた暁緒だった。


「どういう経緯で暁緒が晴人のことを知ったのかは俺も聞いてない。確か十五か、六くらいの時だったらしい」


 十五、六歳と言えばちょうど今の桃里と同じくらいの歳頃だ。


 千の妖を斬り、万の呪いを祓った暁緒は、鬼才と呼ばれるほどの呪術師になっていた。そんな彼女に下された新たな命は、"深山に巣食う悪鬼の討伐"だった。


 暁緒は悪鬼討伐のために、晴人のいる鍛冶屋を訪れた。


「その時に打たれた刀が、夜霧三日月(やぎりみかづき)。魔を斬り、呪を祓う退魔の刀だった」


 悪鬼を討つために打たれた夜霧三日月を手に、暁緒はたった一人で妖の巣窟と呼ばれた深山に入った。


 そして彼女は出逢ったのだ。


 靡く髪は鮮血よりも鮮やかな真紅。紅玉よりも強く輝く艶やかな眼。鋭い刃のような角と爪を持つ、悪鬼。


 希代の呪術師と、千年生きる悪鬼の出逢い。


「これが夫婦(めおと)になっちまうんだから、世の中ってのは数奇なもんだよ」


 そして人間の娘を娶った悪鬼が次に望んだものは力だった。それまでの妖としての力だけではなく、人間を護れる力を欲した悪鬼に、手を貸したのはやはり晴人だった。


 人里から離れて暮らしていた晴人は、目の前に悪鬼が現れてもあまり驚くことはなかった。


 しかしそんな悪鬼の隣に、寄り添うようにいた暁緒にはさすがに言葉失ったという。


『こいつを、人を護るための刀が欲しい』


 人々から悪鬼と恐れられていた妖が、唯一恐れたもの。それは愛した者を失うことだった。


 悪鬼の切なる望みのため、晴人は半年の時をかけて二振りの刀を作り上げた。


「真紅の鞘を持つ大刀、幽斬り丸(ゆうきりまる)"明け星(あけぼし)"。そして濃紺の鞘を持つ小太刀、幽斬り丸"宵い星(よいぼし)"。これは二振りで一対の、暁緒を護るための刀だった」


 それがなんの因果か、海を渡った"宵い星"は、今は遠く離れたこの国にある。


 暁緒や悪鬼がどこまで未来を察していたかはわからない。しかしこれは偶然ではなく、必然だ。少なくとも今は、そう思わずにはいられなかった。




 暁緒が悪鬼の元に来て数年、様々な事件や問題が起こりながらも、それなりに平穏な日々が過ぎていく。


 しかし、それも長くは続かなかった。


 暁緒の腹に子が宿った年、人の世では患ったものをすべからく死に至らしめる病が流行ったのだ。


 大都から徐々に広がり、またたく間に遠く離れた村々をも侵食した病。そんな病に苦しむ人々のため、晴人は山を降りていた。


 薬はおろか、食べるものすらままならない村人たち。晴人は来る日も来る日も看病をして、亡くなった者たちの墓を作って回った。


 だが、いくら呪術師に長けていようと病魔までは防げない。


 ついに病魔に屈した晴人は、山小屋で一人ひっそりと息を引き取った。まだ若干、二十歳にもならない若さだった。


『晴人は…いつも、少し冷たくて…死の匂いがしていたから……』




 晴人の死を暁緒が悟ったのは、赤子が産声をあげた時だった。


 大きな鳴き声をあげる赤子は、額に小さな角の生えた、紅い髪の女の子だった。


 赤子の誕生と片割れの消失。同時に起こった出来事に、人知れず涙を流し続けた暁緒の元に、悪鬼がやってきたのはその夜のこと。


 死の臭いを纏って現れた悪鬼はすっかり眠ってしまっていた自身の赤子を一瞥して、そっとその隣にそれを置いた。


「鈴鳴丸(すずなりまる)、そう名付けられた刀は、晴人最期の一振り。生まれてくる赤子のために打たれた刀だ」


 あまりにも波乱に満ちた短い生を終えた青年が残した、双子の片割れと、その家族のための四振りの刀。


 その刀を打った刀匠、晴人は彼の住処たる山小屋の裏に埋葬された。


「…はずだった」


 桃里が生まれて、晴人が亡くなり半年ほど経った頃。


 すっかり立派な妖の隠れ里となっていた深山の里に、一人の男が現れた。


 長い黒髪を緩く束めた、まるで死者のように白い肌の人間の男。生き物の臭いがまったくしない、しかしそれは確かに、晴人だった。


「晴人を蘇らせたのは暁緒だ。御剣の一族でも禁忌と言われている呪術を使って蘇った晴人は、たったひとつの使命だけを与えられていた」


 たったひとつ。それは、桃里を護り、導くこと。




*******




「――まぁ、てなわけでさ。晴人は元々死人だ。だからあんたらがあいつの死を気に病むことはないから」


 長い長い、物語が終わった。クロトはまるで何事もなかったかのようにいつもの軽い口調で話を括った。


「…なぜこの話を俺たちにしたんだ?これは桃里に聴かせるべき話だろう」


 それまでじっと耳を傾けていたアシェルの声が静かに響く。少しばかり苛立ちを含んだ問いかけにも、クロトは表情ひとつ変えることはなかった。


「遺言だったから」

「――遺言?」


 踵を返したクロトはもう一度、離宮の方へと視線を向けた。その表情が完全に遮られる。


「俺がこの話を聞いたのはこっちに来てからだ。つっても俺もあいつより長生きしてるからな、自分で見てきた部分もあったけど」


 小柄な少年はアシェルたちよりも年下に見えてその実、齢七十を超えているらしいと、いつかレオから聞いたことを思い出す。


「俺たち妖の寿命ってのは人間に比べりゃずっと長いからさ。人の生き死になんてもんに気を配り続けてたら、それこそ気が狂っちまう」


 ばさりと大きな翼が広がって風が舞う。思わず閉じた目を次に開いた時、クロトはそこにはいなかった。


『でも結局、俺たちはずっと覚えてる。死ぬまでずっと。それはきっと…お嬢も、同じだ』


 どこからともなく、少しだけ雑音混ざりの声が届いた。


『だから晴人はあんたたちに遺言を残したんだろう』


 短い生を生きる、自分と同じ人間に。川のように絶え間なく流れていく日々の中で、きっといずれは忘れてくれる。


 そんな人間の記憶の片隅に、一時だけでも身を寄せたい。晴人という男が確かにいたという、そのひと欠片を。


「…晴人」


 呟いたアシェルの声に、応える者はもういない。窓辺に落ちた黒い羽根が、ふっと風に乗って舞い落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。