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ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第1章「はじまりの通り」

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店内の空気

 モチオは、店の中をゆっくりと見て回っていた。


 歩くたびに、床が小さく音を返す。


 その音も、すぐにやわらかくほどけていく。


 棚に並ぶ雑貨たちは、どれも静かだった。


 色も形も違うのに、どこか落ち着いている。


 ひとつだけが目立つこともなく、

 かといって埋もれてしまうこともない。


 それぞれが、自分の場所にいる。


 そんな感じがした。


 モチオは、ひとつひとつを、ゆっくりと目で追う。


 急ぐ理由はない。


 どこから見てもいいし、途中でやめてもいい。


 そういう空気が、この店の中にはあった。


(……静かだ)


 心の中で、もう一度思う。


 けれど、それは外の通りの静けさとは少し違う。


 ここには、確かに人の気配がある。


 さっき交わした言葉。

 今もそこにいるカリーナの存在。


 それらが、この空間に、やわらかく混ざっている。


 それでも、音は多くない。


 話し声もない。

 何かが動く音も、ほとんどしない。


 なのに、不思議と寂しくはなかった。


 むしろ――


 少しだけ、安心する。


 モチオは、立ち止まる。


 その場に、ただいる。


 何もせず、ただ空気の中に身を置く。


 それでも、居心地が悪くならない。


 何かをしなければいけない感じもない。


(……ここって)


 言葉にしようとして、少しだけ考える。


 うまく言えない。


 でも、ひとつだけ浮かんできた。


 ――休める場所。


 モチオは、その言葉を、心の中でゆっくりと確かめる。


 休む。


 何かをやめること。


 立ち止まること。


 この店は、それを許してくれる場所なのかもしれない。


「ここ、静かですね」


 気づけば、声に出ていた。


 大きくない声。


 でも、この空間では、それで十分だった。


 少し間をおいて、カリーナの声が返ってくる。


「静か……かな」


 少しだけ考えるような調子。


 否定でも、肯定でもない。


 そのまま、やわらかく続く。


「でもね、たぶん」


 言葉が、少しだけゆっくりになる。


「みんな、ここでちょっと休んでいくからだと思う」


 モチオは、その言葉を聞く。


 休んでいく。


 さっき自分が思ったことと、少しだけ重なる。


「休む……」


 小さく、繰り返す。


 カリーナは、うなずく。


「うん。買い物しなくてもいいの」


 やわらかい声。


「見てるだけで、帰る人もいるよ」


 その言い方には、何の引っかかりもなかった。


 売るための言葉でも、説明でもない。


 ただ、この場所のあり方を、そのまま言っているだけ。


 モチオは、少しだけ息を抜く。


 肩の力が、自然と落ちる。


 ここにいる理由を、探さなくていい。


 何かを選ばなくてもいい。


 ただ、ここにいることが、そのまま許されている。


 それだけで、十分だった。


 モチオは、もう一度、店の中を見渡す。


 さっきよりも、少しだけ違って見える。


 雑貨たちの並び方。

 光の入り方。

 影のやわらかさ。


 その全部が、この“休める場所”をつくっている。


 モチオは、ゆっくりと歩く。


 急がず、立ち止まりながら。


 気になるものがあれば、少しだけ近づく。


 でも、無理に手に取ることはない。


 それでも、ちゃんと満たされている感じがあった。


(……いいな)


 また、小さく思う。


 この場所の空気も。


 ここにいる時間も。


 そして――


 それを当たり前のように受け入れているカリーナの存在も。


 モチオは、少しだけカリーナのほうを見る。


 カリーナは、カウンターの向こうで、静かにそこにいる。


 何かをしているわけでもなく、

 何かを待っているわけでもない。


 ただ、この空間を、そのまま保っている。


 それが、この店の“空気”なのかもしれない。


 モチオは、もう一度、ゆっくりと息を吸う。


 やわらかな空気が、胸の中に入ってくる。


 そのまま、静かに吐き出す。


 その動きすら、この場所に合っている気がした。


 ここでは、急がなくていい。


 何かを決めなくてもいい。


 ただ、少しだけ立ち止まってもいい。


 モチオは、そのことを、ようやく理解し始めていた。

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