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ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第1章「はじまりの通り」

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カリーナ登場

 扉をくぐった瞬間、空気が少しだけ変わった。


 外と切り離されたわけではない。

 けれど、ほんのわずかに、やわらかさが増している。


 モチオは、その違いを言葉にできないまま、足を止めた。


 背中のほうで、扉が静かに閉まる。


 音は、ほとんどしない。


 ただ、外の気配が、少しだけ遠くなる。


 ちりん。


 すぐ上で、ベルが鳴る。


 さっきよりも近く、はっきりと。


 それでも、やっぱりやわらかい。


 その音が、店の中に、静かに広がる。


 モチオは、ゆっくりと前を見る。


 木の床。

 低めの棚。

 その上に並ぶ、小さな雑貨たち。


 形も、大きさも、少しずつ違う。


 揃っているようで、揃いすぎていない。


 それぞれが、自分の場所に落ち着いている。


 光は強くない。


 窓から入る春の光が、店の中でやわらかく広がっている。


 影もまた、やさしい。


 どこにも、強い境界がない。


 空気そのものが、少しだけゆるやかに流れているようだった。


(……静かだ)


 モチオは、心の中でそう思う。


 外の通りも静かだった。


 でも、ここはそれとは少し違う。


 音が少ないのではなく、

 音が、ちゃんと収まっている感じ。


 誰かがここで、ゆっくりと過ごしていた時間の名残。


 そんなものが、まだ残っているようだった。


「どうぞ」


 声がした。


 やわらかく、近すぎない距離で。


 モチオは、はっとして振り向く。


 店の奥。

 カウンターの向こうに、ひとりの女の子が立っていた。


 いつからそこにいたのか、わからない。


 けれど、最初からいたような気もする。


 不思議な違和感のなさだった。


「見てるだけでも、大丈夫だよ」


 女の子は、そう言って、小さく笑う。


 その笑顔は、強くない。


 迎え入れるためのものでも、

 無理に安心させようとするものでもない。


 ただ、“ここにいていい”と、自然に伝えてくる。


 モチオは、少しだけ言葉に迷ってから、うなずく。


「……はい」


 声は、小さく出た。


 けれど、それで十分だった。


 女の子は、それ以上何も言わない。


 ただ、そこにいる。


 その距離が、心地よかった。


 モチオは、もう一度、店の中へ視線を戻す。


 さっきよりも、少しだけ見え方が変わっていた。


 棚に並ぶ雑貨たち。


 ガラスの小さな瓶。

 木でできた飾り。

 布で包まれた、形のわからないもの。


 どれも、目立たない。


 けれど、ちゃんとそこにある。


 それぞれが、静かに息をしているみたいだった。


 モチオは、ゆっくりと一歩、歩く。


 床が、小さく音を返す。


 その音もまた、すぐに消える。


 店の中に溶けていく。


(……いいな)


 また、小さく思う。


 言葉にするほどでもない。


 けれど、確かにそう感じた。


 この場所は、何かを強く求めてこない。


 何かをしなければいけないわけでもない。


 ただ、ここにいればいい。


 それだけで、成り立っている。


 モチオは、近くの棚に目を向ける。


 光を受けて、かすかに色が変わるガラス。


 その中に、小さな空気が閉じ込められているように見えた。


 ふと、後ろの気配を感じる。


 振り向くと、女の子は、さっきと同じ場所にいた。


 カウンターの向こうで、静かにこちらを見ている。


 見ている、というより――

 見守っているような距離。


 それは、近すぎない。


 でも、遠くもない。


 ちょうどいい場所。


 モチオは、その距離に、少しだけ安心する。


「……」


 何か言おうとして、やめる。


 無理に話さなくてもいい気がした。


 それでも、女の子は何も言わない。


 ただ、そこにいる。


 それだけで、この空間は成り立っていた。


 モチオは、もう一度、ゆっくりと息を吸う。


 外で感じた空気と、少しだけ似ている。


 でも、ここではそれが、もう少しだけやわらかい。


 人の気配が混ざっているからかもしれない。


 モチオは、ふと気づく。


 ――ここは、“ひとりでいる場所”じゃない。


 けれど、“ひとりでもいられる場所”だ。


 その違いが、なんとなくわかる。


 女の子は、やっぱり何も言わない。


 ただ、そこにいて、静かにこの空間を保っている。


 モチオは、小さくうなずく。


 誰に向けたものでもない。


 でも、その動きは自然に出た。


 ここに来てよかった。


 まだはっきりとは言えないけれど、

 そんな気持ちが、少しだけ形になり始めていた。

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