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ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第1章「はじまりの通り」

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入るか迷う

 モチオは、扉の前に立ったまま、しばらく動かなかった。


 すぐそこに、取っ手がある。


 手を伸ばせば、触れられる距離。


 ほんの少し力を入れれば、扉は開くはずだった。


 それでも――

 その一歩が、すぐには出てこない。


 店の中は、よく見えない。


 窓の奥に、ぼんやりとした影があるだけ。


 何が置いてあるのか。

 どんな人がいるのか。


 はっきりとはわからない。


(……どうしよう)


 小さく、心の中でつぶやく。


 入る理由は、特にない。


 用事があるわけでもないし、買いたいものがあるわけでもない。


 ただ、少し気になった。


 それだけだ。


 それだけで、扉を開けていいのか。


 少しだけ、考える。


 通りを歩いていたときの足取りとは違う。


 今は、ここで止まっている。


 進むかどうかを、自分で決める場所。


 モチオは、もう一度、扉を見る。


 木の表面に、細かな傷がある。


 長く使われてきた跡。


 何度も開けられて、何度も閉じられてきた扉。


 その向こうには、誰かがいるはずだ。


 もしかしたら、今も。


(……知らない人)


 その言葉が、少しだけ胸に引っかかる。


 知らない場所。

 知らない人。


 それは、特別なことじゃない。


 今までも、何度も経験してきたこと。


 それでも――


 ほんの少しだけ、足が止まる理由にはなる。


 モチオは、ゆっくりと息を吸う。


 外の空気が、胸に入る。


 さっき感じた匂いが、まだ少しだけ残っていた。


 パンのやわらかな甘さ。

 土の静かな匂い。

 遠くの潮の気配。


 その全部が、ここまで続いている。


 この扉の前にも、同じ空気が流れている。


 モチオは、気づく。


 ――ここだけが特別に違うわけじゃない。


 通りの続きとして、この店はここにある。


 さっきまで歩いてきた場所と、ちゃんとつながっている。


「……」


 小さく息を吐く。


 少しだけ、肩の力が抜ける。


 入らなければいけないわけではない。


 でも、入ってはいけない理由もない。


 そのあいだに、自分がいる。


 モチオは、もう一度、取っ手に視線を落とす。


 少しだけ手を伸ばす。


 触れる寸前で、止まる。


 そのまま、ほんの少しだけ時間が流れる。


 迷っている。


 けれど、それは強い迷いではない。


 戻りたくなるようなものでもない。


 ただ、確かめているだけ。


 この先に進んでも、大丈夫かどうか。


 自分の中で、ゆっくりと答えを探している。


 風が、通りをやわらかく抜ける。


 ちりん。


 ベルが、小さく鳴る。


 さっきと同じ音。


 でも、今は少しだけ近くに感じた。


 モチオは、その音を聞く。


 やわらかくて、短い音。


 強くはないのに、ちゃんと残る。


 消えそうで、消えない。


 その音が、胸の中に、少しだけとどまる。


(……大丈夫かも)


 はっきりとした言葉ではない。


 でも、確かにそう思った。


 理由は、やっぱりわからない。


 けれど、この通りの空気と同じように、

 その感覚もまた、自然にそこにあった。


 モチオは、ゆっくりと息を吸う。


 そして、そのまま静かに吐き出す。


 手が、少しだけ前に出る。


 今度は、止まらない。


 指先が、取っ手に触れる。


 ひんやりとした感触。


 冷たいというより、落ち着く温度。


 モチオは、そのまま、ほんの少しだけ力を込める。


 扉は、すぐには開かない。


 けれど、抵抗もほとんどない。


 ただ、待っているような感触。


 そのまま、ゆっくりと押す。


 きぃ、とも鳴らない。


 音は、ほとんどない。


 ただ、空気が、そっと動く。


 ちりん。


 ベルが鳴る。


 今度は、すぐ上で。


 さっきよりも、はっきりと。


 でも、やっぱりやわらかい。


 モチオは、その音を聞きながら、一歩、中へと踏み出した。

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