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ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第1章「はじまりの通り」

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雑貨店を見つける

 通りを少し進んだところで、モチオは、ふと足を止めた。


 特別な理由があったわけではない。


 呼ばれた気がしたわけでもないし、何かが大きく目に入ったわけでもない。


 それでも――

 なぜか、その場所だけ、少し違って見えた。


 通りの並びの中に、ひとつだけ、静かに沈んでいる店があった。


 他の店と比べて、目立つところはない。


 看板も小さく、色も落ち着いている。

 外に大きく商品が並べられているわけでもない。


 むしろ、少し控えめなくらいだった。


 けれど、そこだけ、空気の流れがやわらかくなっている気がした。


 モチオは、その店をじっと見る。


 木でできた扉。

 少しだけ古びているけれど、丁寧に使われてきた跡がある。


 横には、小さな窓。


 その向こうには、ぼんやりとした影が見える。


 はっきりとは見えない。


 けれど、何かが並んでいるのはわかる。


 雑貨店、だろうか。


 そう思ったとき。


 ちりん。


 小さな音が、空気を揺らした。


 モチオは、顔を上げる。


 扉の上に、小さなベルがついている。


 風に揺れて、もう一度鳴る。


 ちりん。


 強くない音だった。


 遠くまで響くような音でもない。


 けれど、その場にやわらかくとどまる音。


 すぐに消えてしまうはずなのに、なぜか耳に残る。


 モチオは、その音を、もう一度聞こうとする。


 けれど、風は止んでしまった。


 静けさが戻る。


 さっきまでと同じ通り。


 同じ空気。


 それなのに、その店の前だけ、ほんの少しだけ違って感じられた。


 モチオは、ゆっくりと一歩、近づく。


 石畳の上で、足音が小さく鳴る。


 すぐに消える。


 その繰り返し。


 店の前に立つと、窓の中の影が、少しだけはっきりする。


 棚のようなもの。

 小さな形のものが、いくつも並んでいる。


 光は強くない。


 でも、暗いわけでもない。


 やわらかく沈んだ明るさ。


 まるで、時間が少しだけゆっくり流れているみたいだった。


 モチオは、扉に視線を移す。


 取っ手は、手の形に少しだけなじんでいる。


 何度も触れられてきた跡。


 そこに、確かな時間が残っている。


(……なんだろう)


 さっきから感じている、この感覚。


 通りを歩いていたときとは、少し違う。


 ただ“心地いい”だけではない。


 少しだけ――


 気になる。


 もう少し、近くで見てみたい。


 そんな気持ちが、静かに浮かんでくる。


 でも、それは強いものではなかった。


 引っ張られるような感じではなく、

 ただ、そっと手を伸ばしたくなるような感覚。


 モチオは、もう一歩だけ前に出る。


 ベルは、鳴らない。


 風は、止まったままだった。


 それでも、その音の記憶だけが、まだ残っている。


 ちりん。


 ほんの少し前に聞いたはずの音が、

 なぜか、まだ耳の奥に残っていた。


 モチオは、気づく。


 ――この店は、音で覚えられる場所だ。


 そう思った瞬間、少しだけ不思議な感じがした。


 まだ入ってもいないのに、

 もう一度その音を聞きたいと思っている。


 理由は、わからない。


 でも、それでよかった。


 モチオは、扉の前に立つ。


 手を伸ばせば、すぐに触れられる距離。


 けれど、その手は、まだ動かない。


 少しだけ、時間が止まる。


 風もない。

 音もない。


 ただ、静かな空気だけが、そこにある。


 それでも、不思議と落ち着いていた。


 ここにいること自体が、すでに自然な気がした。


 通りの一部として、この店の前に立っている。


 それだけで、十分だった。


 モチオは、もう一度だけ、扉を見る。


 木の質感。

 小さな傷。

 長く使われてきたやわらかさ。


 その向こうにある、まだ知らない空間。


(……)


 言葉にはならない。


 けれど、ひとつだけ確かなことがあった。


 ――ここは、きっと大丈夫だ。


 その感覚は、どこから来たのかはわからない。


 でも、疑う理由もなかった。


 モチオは、ほんの少しだけ息を吸う。


 そして、そのまま静かに吐き出す。


 まだ、扉には触れない。


 けれど、その前に立っている時間が、少しだけ長くなる。


 それは、“迷っている”というより――

 “確かめている”時間だった。


 ちりん。


 風はないはずなのに、

 ベルが、かすかに揺れた気がした。

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