表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第5章「精霊の気配」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/56

不思議が残る

 夕方の光が、店の中をやわらかく満たしている。


 昼と夜のあいだ。


 時間が、ゆっくりとほどけていくような、静かなひととき。


 ひだまり雑貨店は、いつもと変わらない空気に包まれていた。


 棚に並ぶ器。


 整えられた布。


 やわらかく差し込む光。


 そのすべてが、穏やかにそこにある。


 モチオは、作業台の前に立っている。


 手を動かす。


 整えて、触れて、少し引く。


 その流れは、すでに自然なものになっている。


 迷いはない。


 考えなくても、体が動く。


 でも――


 意識の奥に、ひとつだけ残っているものがある。


 ランプ。


 カウンターの奥。


 そこにある、小さな存在。


 モチオは、ふと顔を上げる。


 ランプを見る。


 何もない。


 光は見えない。


 揺れもない。


 ただのガラス。


 ただの形。


 それだけ。


 でも――


 それだけではないことを、知っている。


 モチオは、ゆっくりと息を吐く。


 この数日で起きたこと。


 小さな光。


 揺れ。


 触れたときのぬくもり。


 そして、応えるような動き。


 どれも、はっきりと説明できるものではない。


 誰かに話したとしても、

 うまく伝わらない気がする。


 それでも――


 確かにあった。


 モチオは、それを否定しない。


 無理に理解しようともしない。


 ただ、そこにあったものとして受け取る。


 モチオは、また手を動かす。


 いつもの作業。


 いつもの流れ。


 その中に、不思議がひとつだけ混ざっている。


 でも、それは邪魔にならない。


 むしろ、静かに溶け込んでいる。


 カリーナが、少し離れた場所で棚を整えている。


 鼻歌が、やわらかく続く。


 明るくて、少し跳ねるような音。


 その音が、空気を軽くしている。


 モチオは、その音を聞く。


 安心する。


 この場所は、変わらない。


 モチオは、ふと考える。


 あの光のことを、話すかどうか。


 言葉にすれば、少しは形になるかもしれない。


 共有できるかもしれない。


 でも――


 モチオは、小さく首を振る。


(……いい)


 今は、まだいい。


 無理に伝える必要はない。


 まだ、自分の中でもはっきりしていない。


 そして――


 言葉にしてしまうと、

 何かが変わってしまう気がする。


 モチオは、その感覚を大事にする。


 そのまま、残しておく。


 モチオは、ランプを見る。


 静かに、そこにある。


 変わらない姿。


 でも、そこにあるものは、もう見えなくてもわかる。


 モチオは、そっと意識を向ける。


 言葉にはしない。


 ただ、感じる。


 そのとき――


 ほんのわずかに。


 ガラスの奥で、小さな揺れが生まれる。


 一瞬だけ。


 すぐに消える。


 でも、確かにあった。


 モチオは、目を細める。


 それ以上、何も起きない。


 でも、それでいい。


 それだけで、十分だった。


 モチオは、ほんの少しだけ口元をゆるめる。


 それから、また手を動かす。


 整える。


 触れる。


 少し引く。


 その繰り返し。


 その中で、時間が流れていく。


 外から、通りの音が聞こえる。


 人の声。


 足音。


 遠くで鳴る鈴の音。


 それらが、やわらかく重なっている。


 夕方の空気が、店の中にゆるやかに入り込む。


 カリーナが、顔を上げる。


「そろそろ閉めよっか」


 明るい声。


 モチオは、小さくうなずく。


「……はい」


 二人で、店の中を整える。


 灯りを落とす準備をする。


 棚を確認する。


 いつもの流れ。


 変わらない終わり方。


 モチオは、最後にもう一度ランプを見る。


 静かに、そこにある。


 何もないように見える。


 でも――


 そこにあるものは、消えていない。


 モチオは、それを知っている。


 カリーナが、扉のほうへ向かう。


「いくよー」


 やわらかな声。


 モチオは、小さくうなずく。


 店の外へ出る。


 ちりん、と鈴が鳴る。


 夕方の空気が、やさしく包む。


 通りは、ゆっくりと夜へ向かっている。


 人の気配が、少しずつ減っていく。


 でも、静けさの中に、あたたかさが残っている。


 モチオは、振り返る。


 店を見る。


 扉の向こう。


 中は、少しずつ暗くなっていく。


 ランプは、見えない。


 でも――


 ほんの一瞬。


 暗闇の中で、小さな光が揺れたように見えた。


 モチオは、目を細める。


 次の瞬間には、何もない。


 ただの静かな店。


 それだけ。


 モチオは、ゆっくりと扉を閉める。


 ちりん、と音が鳴る。


 その音が、夕方の空気に溶けていく。


 モチオは、通りの中へ歩き出す。


 いつもの帰り道。


 いつもの景色。


 でも――


 ほんの少しだけ、違う。


 説明はできない。


 名前もない。


 でも、確かにそこにあるもの。


 モチオは、それをそのまま受け入れる。


 解決しないまま。


 理解しきらないまま。


 でも、消えないまま。


 そして――


 その小さな不思議は、

 静かに、やさしく、そこに残り続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ