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ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第5章「精霊の気配」

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名前はまだない

 朝の光が、店の中に静かに広がっている。


 ひだまり雑貨店は、いつもと変わらない一日の始まりを迎えていた。


 棚に並ぶ器。


 整えられた布。


 やわらかな空気。


 そのすべてが、穏やかにそこにある。


 モチオは、扉を開ける。


 ちりん、と鈴が鳴る。


 その音が、店の奥まで広がる。


 モチオは、一歩中に入る。


 そして――


 ほんの一瞬、立ち止まる。


 視線が、自然と奥へ向かう。


 カウンターの向こう。


 ランプ。


 そこにある。


 変わらない姿で。


 でも――


 モチオは、わずかに息を整える。


 昨日までとは、少し違う。


 知っている。


 そこに、何かがいることを。


 モチオは、ゆっくりと歩き出す。


 作業台の前に立つ。


 手を動かす。


 布を整え、器を並べる。


 いつもの動き。


 でも、意識の一部は、はっきりとランプに向いている。


 カリーナが、奥から顔を出す。


「おはよー!」


 明るい声。


 モチオは、小さくうなずく。


「……おはようございます」


 いつも通りのやりとり。


 その流れは、変わらない。


 店の空気も、変わらない。


 でも――


 モチオの中には、ひとつだけ新しいものがある。


 言葉にならないもの。


 でも、確かにあるもの。


 モチオは、ふと顔を上げる。


 ランプを見る。


 何もない。


 光は見えない。


 揺れもない。


 ただのガラス。


 ただの形。


 それだけ。


 でも――


 それだけではないことを、知っている。


 モチオは、少しだけ目を細める。


 昨日のことを思い出す。


 光。


 揺れ。


 触れたときの、やわらかなぬくもり。


 そして、動きに応えたあの感覚。


 あれは、ただの現象ではない。


 そう思える。


 モチオは、ゆっくりと息を吐く。


(……なんて呼べばいいんだろう)


 ふと、そう考える。


 呼び方。


 名前。


 それがあれば、少しだけ形になる気がする。


 理解しやすくなる。


 距離も、変わるかもしれない。


 モチオは、頭の中で言葉を探す。


 光。


 それでは足りない。


 揺れ。


 それも違う。


 存在。


 少し近い。


 でも、まだ遠い。


 モチオは、小さく首を振る。


 どれも、しっくりこない。


 言葉にすると、どこか違う。


 モチオは、また手を動かす。


 整える。


 触れる。


 少し引く。


 その繰り返し。


 その中で、考える。


 名前をつけること。


 それは、形を与えること。


 でも――


 今は、まだ早い気がする。


 まだ、わかっていない。


 何なのか。


 どういうものなのか。


 どこまであるのか。


 モチオは、ランプを見る。


 静かに、そこにある。


 変わらない。


 でも、その奥に、何かがある。


 モチオは、それを感じる。


 でも、決めつけない。


 決めてしまうと、違ってしまうかもしれない。


 モチオは、ゆっくりと息を吸う。


(……まだ、いい)


 そう思う。


 名前は、まだいらない。


 呼ばなくても、そこにある。


 わからなくても、感じられる。


 それで、十分だ。


 カリーナが、近づいてくる。


 モチオの手元を見る。


「それ、いいね」


 やわらかな声。


 モチオは、少しだけ顔を上げる。


「……ありがとうございます」


 短く答える。


 カリーナは、にっと笑う。


「なんか、落ち着いてきたね」


 軽く言う。


 モチオは、小さくうなずく。


 その言葉の意味を、少しだけ考える。


 落ち着いている。


 確かに、そうかもしれない。


 不思議なことが起きている。


 でも、不安ではない。


 むしろ、静かに受け入れている。


 モチオは、またランプを見る。


 何もない。


 でも、そこにあるものは消えていない。


 モチオは、心の中でそっと呼びかける。


 言葉にはしない。


 声にも出さない。


 ただ、意識を向ける。


 そのとき――


 ほんのわずかに。


 ガラスの奥で、かすかな揺れが生まれる。


 一瞬だけ。


 小さく。


 でも、確かに。


 モチオは、目を細める。


 すぐに消える。


 何もなかったように。


 でも、今のは――


 応えた。


 そう思える。


 モチオは、ほんの少しだけ口元をゆるめる。


 わずかな変化。


 でも、それでいい。


 モチオは、手を動かす。


 いつもの動き。


 いつもの流れ。


 その中に、ひとつだけ新しい関係がある。


 まだ名前はない。


 形もない。


 でも、確かにある。


 モチオは、それをそのまま受け入れる。


 急がない。


 決めない。


 ただ、そこにあるものとして。


 店の中は、変わらず静かだった。


 カリーナの鼻歌。


 やわらかな光。


 整えられた空気。


 そのすべてが、穏やかに続いている。


 そして――


 その奥で、小さな存在が、静かに揺れていた。


 まだ名前はない。


 でも、それでよかった。

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