ランプに違和感
夕方の光が、店の奥までやわらかく伸びている。
ひだまり雑貨店の中は、いつもと同じ静けさに包まれていた。
棚に並ぶ小さな器。
布や瓶。
そして、カウンターの奥に置かれた、ひとつのランプ。
火は灯っていない。
でも、そこにあるだけで、どこかあたたかい。
モチオは、その店の中で手を動かしている。
今日の作業も、終わりに近づいていた。
布をたたみ、棚の位置を整え、
最後に軽く触れて、全体の流れを確認する。
その一連の動きは、すでに体に馴染んでいる。
迷いはない。
考えなくても、手が自然に動く。
カリーナは、店の奥で片付けをしている。
時々、小さな鼻歌が混ざる。
明るくはない。
でも、やわらかい音だった。
モチオは、その音を聞きながら手を動かす。
そのとき――
ふと、視線が止まる。
カウンターの奥。
いつもと同じ場所に置かれているランプ。
特別なものではない。
ずっと前から、そこにある。
見慣れている。
でも――
(……?)
モチオは、ほんの少しだけ首をかしげる。
違和感。
はっきりとしたものではない。
でも、何かが、少しだけ違う。
モチオは、ゆっくりと近づく。
足音は小さい。
空気を乱さないように。
ランプの前で、立ち止まる。
じっと見る。
形は同じ。
色も変わっていない。
ガラスの部分も、曇っていない。
どこにも異常はない。
それでも――
何かが、引っかかる。
モチオは、少しだけ顔を近づける。
ランプの表面を見る。
光は、当たっていない。
でも、わずかに反射している。
その反射が、ほんの少しだけ揺れているように見える。
モチオは、目を細める。
(……揺れてる?)
すぐに、まばたきをする。
もう一度見る。
揺れていない。
ただの反射。
それだけ。
モチオは、少しだけ息を吐く。
気のせいかもしれない。
光の加減。
外の影の動き。
そう思う。
それで終わるはずだった。
でも――
もう一度、視線が戻る。
ランプに。
さっきと同じ場所。
同じ角度。
同じ光。
でも、また、わずかに違う。
ほんの少しだけ。
説明できない程度の、ズレ。
モチオは、手を伸ばす。
触れるかどうかの距離。
指先が、空気に触れる。
そのとき。
かすかに――
あたたかい。
モチオは、ぴたりと手を止める。
火はついていない。
それは、わかっている。
でも、ほんのわずかに、ぬくもりがある。
指先に、残るような感覚。
モチオは、ゆっくりと手を引く。
もう一度、ランプを見る。
変わらない。
ただ、そこにあるだけ。
でも、その中に、何かがある気がする。
カリーナの声が、後ろから聞こえる。
「どうしたの?」
やわらかな声。
モチオは、少しだけ振り返る。
「……いえ」
短く答える。
それ以上は言わない。
言えない、というより、言葉にできない。
カリーナは、少しだけ首をかしげる。
でも、すぐに笑う。
「もうすぐ閉めるよ」
それだけ言う。
モチオは、小さくうなずく。
「……はい」
カリーナは、また奥へ戻る。
その足音が、やわらかく消えていく。
店の中に、また静けさが戻る。
モチオは、もう一度ランプを見る。
変わらない。
でも、さっきの感覚は消えていない。
揺れた気がした光。
触れたときのぬくもり。
どれも、はっきりとはしない。
でも、確かにあった。
モチオは、ゆっくりと息を吸う。
この店は、ずっと静かだった。
変わらない空気。
落ち着いた流れ。
それは、今も変わっていない。
でも――
その中に、ほんの少しだけ、違うものが混ざっている。
モチオは、それを感じる。
怖いわけではない。
不安でもない。
ただ、少しだけ、気になる。
その感覚が、静かに残る。
モチオは、最後に棚を整える。
いつも通りの動き。
でも、意識の一部は、ランプに残っている。
カリーナが、戻ってくる。
「閉めよっか」
明るい声。
モチオは、小さくうなずく。
「……はい」
二人で、店の中を確認する。
扉へ向かう。
ちりん、と音が鳴る。
外の空気が、少しだけ流れ込む。
夕方の匂い。
通りの気配。
それらが、やさしく広がる。
モチオは、外へ出る。
振り返る。
店の中を見る。
ランプは、そこにある。
変わらない姿で。
静かに、置かれている。
でも――
ほんの一瞬。
光が、かすかに揺れたように見えた。
モチオは、目を細める。
次の瞬間には、もう何もない。
ただの静かな店。
ただのランプ。
それだけ。
モチオは、ゆっくりと扉を閉める。
ちりん、と音が鳴る。
その音が、夕方の空気に溶けていく。
そして――
何も変わらないようでいて、
ほんの少しだけ、世界は違っていた。




