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ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第4章「商店街の輪」

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ミナの静けさ

 通りのざわめきが、少しだけ落ち着いている。


 朝の明るさはそのままに、

 動きの中に、ゆるやかな間が生まれていた。


 モチオは、花屋の前で足を止める。


 昨日と同じ場所。


 でも、今日は少しだけ空気が違っていた。


 ユズの姿は見えない。


 代わりに、店の奥で静かに花を整えているミナがいる。


 動きは小さい。


 でも、途切れない。


 ひとつの花に手を添え、

 角度を少しだけ変える。


 それから、ほんのわずかに距離を調整する。


 最後に、指先でやさしく触れる。


 その動きは、ゆっくりとしている。


 でも、迷いはない。


 モチオは、その様子を見ている。


 見ているうちに、呼吸が少しだけゆるむ。


 ユズのときとは違う。


 音も、動きも、少ない。


 でも、そのぶん、ひとつひとつがはっきりと感じられる。


 モチオは、店の前に立ったまま、何も言わない。


 声をかける理由もない。


 でも、立ち去る理由もなかった。


 ミナは、しばらく手を動かし続ける。


 そのあと、ふと顔を上げる。


 モチオのほうを見る。


 ほんの一瞬。


 それから、小さくうなずく。


「……おはよう」


 声は静か。


 でも、ちゃんと届く。


 モチオは、少しだけ間を置く。


 それから、小さく返す。


「……おはようございます」


 それだけで、やりとりは終わる。


 続けようとしない。


 でも、そこで途切れる感じもない。


 ミナは、また手元に視線を戻す。


 花の位置を、ほんの少しだけ整える。


 モチオは、その動きを見ている。


 昨日、ユズと一緒に整えた場所。


 少しだけ変わっている。


 でも、大きくは崩れていない。


 流れは、そのまま残っている。


 ミナは、ひとつの花を持ち上げる。


 少しだけ考えるようにしてから、

 別の場所へ移す。


 その動きは、とても静かだった。


 音がしない。


 でも、確かな変化がある。


 モチオは、その様子を見ながら思う。


(……整えてる)


 ただ並べるのではなく、

 全体の中で位置を考えている。


 カリーナとも、ユズとも、少し違う。


 でも、同じ方向を向いている。


 モチオは、ゆっくりと店の中に足を踏み入れる。


 足音は、小さい。


 すぐに空気に溶ける。


 ミナは、特に反応しない。


 止めることも、促すこともない。


 ただ、そのまま受け入れている。


 モチオは、近くの花を見る。


 淡い色。


 昨日、ユズが指さしていたもの。


 少しだけ開きかけている。


 朝の光を受けて、静かに揺れている。


 モチオは、その花に手を伸ばす。


 触れるかどうか、少しだけ迷う。


 でも、すぐにやめる。


 そのまま、見ている。


 ミナが、ふと小さく言う。


「……触っても、いいよ」


 声はやわらかい。


 でも、はっきりしている。


 モチオは、少しだけ視線を上げる。


 ミナを見る。


 ミナは、こちらを見ていない。


 手元の花を整えながら、言っている。


 モチオは、小さくうなずく。


「……じゃあ、少しだけ」


 そっと、花びらに触れる。


 やわらかい。


 ほんの少しだけ冷たい。


 その感触が、指先に残る。


 モチオは、すぐに手を引く。


 それで十分だった。


 ミナは、その様子を少しだけ見る。


 何も言わない。


 でも、そのまま受け取っている。


 しばらく、静かな時間が流れる。


 モチオは、何もせずに立っている。


 ミナは、静かに手を動かしている。


 そのあいだに、言葉はない。


 でも、落ち着かないわけではない。


 むしろ、そのままが自然だった。


 モチオは、ふと気づく。


(……ここも、同じだ)


 雑貨店。


 パン屋。


 そして、この花屋。


 それぞれ違うのに、どこか似ている。


 急がない。


 無理に埋めない。


 そのまま、そこにある時間。


 モチオは、その中にいる。


 何もしていない。


 でも、それでいい。


 その感覚が、静かに広がる。


 ミナが、ひとつ息をつく。


 小さな音。


 でも、やわらかい。


 それが、この場所のリズムの一部になる。


 モチオは、その音を聞く。


 それだけで、安心する。


 モチオは、小さく頭を下げる。


「……行きます」


 ミナは、少しだけ顔を上げる。


 そして、小さくうなずく。


「……またね」


 短い言葉。


 でも、やさしい。


 モチオは、ゆっくりと店を出る。


 外の光が、少しだけ強くなっている。


 通りには、また人の気配が増えている。


 でも、その中でも、さっきの静けさは残っている。


 モチオは、歩き出す。


 足音は、変わらず小さい。


 でも、その中に、ひとつ確かなものがある。


 この町には、いろいろな“静けさ”がある。


 それぞれ違う。


 でも、どれもやさしい。


 モチオは、そのひとつを受け取りながら――


 また、次の場所へと歩いていった。

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