表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第4章「商店街の輪」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/56

ユズの元気

 朝の光が、少しだけ強くなっている。


 ひだまり商店街の通りには、

 さっきまでのやわらかさに、ほんの少しだけはっきりした輪郭が混ざっていた。


 モチオは、雑貨店へ向かう途中で、足を止める。


 視線の先に、見覚えのある色が揺れている。


 花屋の前。


 並べられた花の中で、ひときわ動いている影。


「おはよー!」


 元気な声が、すぐに飛んでくる。


 モチオは、少しだけ肩を揺らす。


 でも、驚くよりも先に、その声を思い出していた。


 ユズ。


 昨日、出会った少女。


 今日も同じように、明るい笑顔でこちらを見ている。


 モチオは、小さく頭を下げる。


「……おはようございます」


 ユズは、すぐに大きくうなずく。


「来たね!」


 その言い方は、まるで前から決まっていたことのようだった。


 モチオは、少しだけ考える。


 たまたま通っただけ。


 でも、それを説明する必要はない気がした。


「……はい」


 短く答える。


 それで十分だった。


 ユズは、くるりと振り返る。


「ちょっと手伝ってくれない?」


 軽い調子。


 頼むというより、誘うような言い方。


 モチオは、少しだけ間を置く。


 でも、断る理由もなかった。


「……何をすればいいですか」


 そう言うと、ユズの表情が少しだけ明るくなる。


「これ!」


 指さしたのは、水の入った小さなバケツと、いくつかの花。


「並べるの、ちょっとだけ間違えちゃってさ」


 そう言いながら、すでに手を動かしている。


 じっとしていない。


 次の動きが、すぐに続く。


 モチオは、その様子を見る。


 少しだけ考える。


 整っているようで、どこかばらつきがある。


 高さ。


 向き。


 色の流れ。


 カリーナの店とは、少し違う。


 でも、整えること自体は同じだった。


 モチオは、そっと花に手を伸ばす。


 一本を持ち上げて、少しだけ位置を変える。


 角度を整える。


 それから、ほんの少しだけ触れる。


 その動きを見て、ユズが声を上げる。


「おっ、いい感じ!」


 すぐに反応が返ってくる。


 モチオは、少しだけ視線を下げる。


「……なんとなくです」


 ユズは、笑う。


「なんとなくでできるの、すごいよ」


 ためらいのない言葉。


 でも、押しつけがましくない。


 そのまま、すっと通る。


 モチオは、もう一本、花を動かす。


 今度は少しだけ慎重に。


 さっきよりも、流れを意識する。


 ユズも、それに合わせて動く。


 二人の動きが、少しずつ重なっていく。


 テンポは、少し速い。


 でも、乱れてはいない。


 ユズの動きは軽く、モチオの動きは静か。


 その違いが、ちょうどいいバランスになっている。


「そっち、もうちょい左!」


 ユズが言う。


 モチオは、小さくうなずく。


 言われたとおりに動かす。


 それで、全体の流れが少し整う。


 ユズは、満足そうにうなずく。


「うん、いい!」


 その声が、明るく響く。


 モチオは、その様子を見て、ほんの少しだけ口元をゆるめる。


 静かな空気とは違う。


 でも、この軽さも、悪くないと思う。


 奥のほうで、ミナが静かに花を整えている。


 こちらのやりとりを、少しだけ見ている。


 何も言わない。


 でも、その視線はやわらかい。


 ユズが、ふと振り返る。


「ミナ、どう?」


 ミナは、少しだけ考える。


 それから、小さくうなずく。


「……いいと思う」


 短い言葉。


 でも、ちゃんとした重みがある。


 ユズは、ぱっと笑う。


「でしょ!」


 そのやりとりが、自然に流れる。


 モチオは、その中にいる。


 特別なことをしているわけではない。


 でも、関わっている。


 その感覚が、少しずつはっきりしてくる。


 ユズは、手を止める。


 並べられた花を見る。


「うん、これでいいや」


 軽く言う。


 でも、その声には満足がある。


 モチオも、同じように花を見る。


 さっきよりも、まとまっている。


 色の流れも、やわらかくつながっている。


 モチオは、小さく息を吐く。


 少しだけ、体が軽くなる。


 ユズが、ひょいと顔を近づける。


「ありがとね!」


 距離が近い。


 でも、不思議と嫌ではない。


 モチオは、少しだけ後ろに引く。


 それでも、小さくうなずく。


「……いえ」


 ユズは、すぐに離れる。


 また次の動きに移る。


 その切り替えの速さが、軽やかだった。


 モチオは、もう一度、花を見る。


 さっき触れた場所。


 そこに、自分の手の感覚が残っている気がする。


 それは、雑貨店とも、パン屋とも違う。


 でも、同じように、ここにも“整える時間”がある。


 モチオは、小さく頭を下げる。


「……行きます」


 ユズは、すぐに手を振る。


「またねー!」


 明るい声。


 ミナも、小さくうなずく。


 静かな合図。


 モチオは、歩き出す。


 花屋の前を離れる。


 さっきよりも、少しだけ通りがにぎやかになっている。


 人の気配。


 声。


 それらが、少しずつ重なっていく。


 モチオは、その中を歩く。


 静けさの中だけではない。


 こうした動きの中にも、やさしさがある。


 そう感じる。


 やがて、見慣れた店の前にたどり着く。


 ひだまり雑貨店。


 扉の前で、少しだけ立ち止まる。


 さっきまでの明るさが、少しだけ残っている。


 そのまま、扉に手をかける。


 ちりん、と音が鳴る。


 その音が、やわらかく広がる。


 そして――


 モチオは、また静かな空気の中へと戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ