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ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第3章「空気に馴染む」

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何気ない会話

 作業台の上に、午後の光が静かに落ちている。


 さっきまでの影が、少しだけ長くなって、

 雑貨の輪郭をやわらかく縁取っていた。


 モチオは、小さな箱を整えながら、その影の動きをぼんやりと見ている。


 手は動いている。


 でも、どこか力が抜けている。


 考えなくても、動けるようになっていた。


 整えて、少し引いて、ほんの少し触れる。


 その繰り返し。


 同じ動き。


 でも、退屈ではない。


 モチオは、ふと手を止める。


 何かを考えたわけではない。


 ただ、少しだけ間ができた。


 その間に、カリーナの動きが目に入る。


 布を整えて、端をそろえて、指先で軽く撫でる。


 いつもの動き。


 それを見ているうちに、ふと口が開く。


「……それ、毎回やってますよね」


 言ってから、少しだけ遅れて気づく。


 声に出していた。


 意図していたわけではない。


 ただ、見ていて、そのまま出てきた。


 カリーナは、手を止める。


 モチオのほうを見る。


 少しだけ目を丸くする。


 それから、くすっと笑う。


「うん、やってるかも」


 あっさりとした答え。


 隠すでも、説明するでもない。


 そのまま受け取る。


 モチオは、少しだけ視線を下げる。


「……気になって」


 言葉を足す。


 理由といえるほどのものではない。


 でも、そのまま出てきた。


 カリーナは、また手元に視線を戻す。


 布の端を整えて、いつものように指先で撫でる。


「なんかね、ここで一回“落ち着く”感じがするの」


 ゆっくりとした言い方。


 考えながら話しているようでもあり、

 ただ感じたことを置いているようでもある。


 モチオは、その言葉を聞く。


 落ち着く。


 その一言が、少しだけ引っかかる。


 モチオは、自分の手元を見る。


 さっき触れた器。


 同じように、ほんの少しだけ指先でなぞっていた。


「……ああ」


 小さく声が出る。


 カリーナが、少しだけこちらを見る。


 モチオは、言葉を探す。


 うまく説明できる気はしない。


 それでも、なんとなく伝えようとする。


「……終わった感じ、します」


 短い言葉。


 それでも、カリーナは小さくうなずく。


「そう、それ」


 すぐに返ってくる。


 同じものを指している。


 その感じが、はっきり伝わる。


 モチオは、少しだけ口元をゆるめる。


 説明しなくても、伝わる。


 そのことが、少しだけ嬉しかった。


 しばらく、また静かな時間が流れる。


 手は動いている。


 でも、さっきとは少しだけ違う。


 言葉が、ほんの少しだけ混ざったあとの空気。


 それが、やわらかく広がっている。


 モチオは、次の箱に手を伸ばす。


 持ち上げて、位置を変える。


 それから、ほんの少しだけ触れる。


 その動きが、さっきよりも自然になっている。


 カリーナが、ふと小さく言う。


「モチオくんって、よく見てるよね」


 軽い調子。


 でも、ちゃんとした言葉。


 モチオは、少しだけ手を止める。


「……そうですか」


 自分では、よくわからない。


 ただ、見えてしまうだけ。


 そんな感覚だった。


 カリーナは、少し考えるようにしてから言う。


「うん。なんか、“見てる”っていうより、“気づいてる”感じ」


 その言葉が、静かに落ちる。


 モチオは、そのまま聞く。


 気づいている。


 そう言われて、少しだけ考える。


 自分が何をしているのか。


 どう見えているのか。


 はっきりとはわからない。


 でも――


 さっきの癖のこと。


 並べ方のこと。


 小さな違和感。


 それに気づいて、少しだけ変えてみる。


 その繰り返し。


 モチオは、小さくうなずく。


「……たぶん、そうかもしれません」


 はっきりした答えではない。


 でも、それでよかった。


 カリーナは、小さく笑う。


「いいと思うよ、それ」


 その言葉は、やわらかい。


 評価でも、判断でもない。


 ただ、そこに置かれるような言い方。


 モチオは、その言葉を受け取る。


 胸の中に、静かに残る。


 それ以上、何かを言う必要はなかった。


 また、手が動き始める。


 同じ作業。


 同じ空気。


 でも、さっきよりも少しだけ近い。


 言葉が、ほんの少しだけ橋になっている。


 それでも、会話は続かない。


 無理に続けない。


 必要な分だけ、そこにある。


 そのあり方が、ちょうどよかった。


 モチオは、ふと息を吐く。


 この時間の中にいることが、自然に思える。


 話してもいいし、話さなくてもいい。


 どちらでも、変わらない。


 その安心が、静かに広がっていく。


 作業台の上の光が、さらに少しだけ傾く。


 影が、またゆっくりと伸びる。


 時間は進んでいる。


 でも、その流れは、やわらかい。


 モチオは、その中で手を動かしながら――


 またひとつ、小さく整えていった。

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