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ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第2章「居場所の芽生え」

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日常の始まり

 次の日も、同じ道を歩いていた。


 意識して選んだわけではない。


 気づいたら、足がその方向へ向いていた。


 モチオは、通りの入り口で立ち止まることもなく、そのまま中へ入る。


 石畳の感触。


 並ぶ店の影。


 やわらかく流れる空気。


 どれも、もう一度目の“知らないもの”ではなかった。


 ほんの少しだけ、覚えている。


 それだけで、歩き方が変わる。


 足取りは自然で、迷いがない。


 モチオは、通りの奥を見ながら進む。


 目に入るものも、少しずつ変わってきていた。


 昨日は通り過ぎただけの店。


 気に留めなかった看板。


 そのひとつひとつが、今は少しだけ輪郭を持っている。


 パン屋の前を通る。


 ほんのりとした甘い匂いが流れてくる。


 モチオは、少しだけ足をゆるめる。


 昨日よりも、その匂いがはっきりわかる。


 視線を向けると、店の中で誰かが動いている気配がある。


 それを、ほんの一瞬だけ見て、また歩き出す。


 立ち止まらない。


 でも、通り過ぎるだけでもない。


 その間の距離。


 それが、少しだけ心地よかった。


 花屋の前を通る。


 小さな花が並んでいる。


 色とりどりで、静かに揺れている。


 モチオは、その中のひとつに目を止める。


 名前はわからない。


 でも、どこか見覚えがある気がした。


 そのまま、少しだけ見てから、また歩き出す。


 通りは、昨日と同じようで、少しだけ違う。


 モチオ自身が、少しだけ変わっているからかもしれない。


 モチオは、ゆっくりと息を吸う。


 空気の中に、いくつかの匂いが混ざっている。


 パンの甘さ。

 花のやわらかな香り。

 土の静けさ。


 その中に、ほんの少しだけ――


 あの店の気配が、もう含まれている気がした。


 モチオは、そのことに気づく。


 まだ見えていないのに、わかる。


 あの場所が、この通りの中にある。


 そして、自分はそこへ向かっている。


 その流れが、自然に続いている。


 やがて、見えてくる。


 ひだまり雑貨店。


 昨日と同じ場所。


 同じ扉。


 同じ佇まい。


 でも、もう“初めて見るもの”ではない。


 モチオは、店の前で立ち止まらない。


 そのまま、手を伸ばす。


 取っ手に触れる。


 ひんやりとした感触。


 それも、もう覚えている。


 迷いは、ない。


 そのまま、ゆっくりと押す。


 扉が開く。


 ちりん。


 ベルが鳴る。


 その音は、もう予想できるものになっていた。


 それでも、やっぱりやわらかい。


 モチオは、一歩、中へ入る。


 空気が、やわらかく変わる。


 昨日と同じ。


 でも、どこか少しだけ“戻ってきた”感じがする。


「いらっしゃい」


 カリーナの声。


 いつもと同じやわらかさ。


 モチオは、軽くうなずく。


「……こんにちは」


 声は、自然に出る。


 無理をしていない。


 カリーナは、小さく笑う。


「こんにちは」


 それだけのやりとり。


 でも、もうそれで十分だった。


 モチオは、店の中へと歩く。


 昨日と同じように、棚の間をゆっくりと進む。


 足音が、小さく響く。


 その音も、もう気にならない。


 この場所の一部として、自然に溶けていく。


 モチオは、ふと立ち止まる。


 昨日見た、あの陶器の置き物。


 そっと手に取る。


 軽く揺らす。


 ころん。


 同じ音。


 それなのに、少しだけ安心する。


 モチオは、ほんの少しだけ口元をゆるめる。


 それから、元の場所に戻す。


 その動きも、もう迷いがない。


 カリーナは、何も言わない。


 でも、その沈黙は変わらずやわらかい。


 “また来たこと”を、特別にはしない。


 それが、ちょうどよかった。


 モチオは、ゆっくりと息を吐く。


 この場所にいることが、自然になっている。


 特別なことではない。


 でも、ちゃんと続いている。


 昨日の続きが、ここにある。


 そして、今日もまた、その続きになる。


 モチオは、そのことを、静かに受け止める。


 ここに来る。


 ここにいる。


 それが、少しずつ“日常”になっていく。


 理由は、やっぱりいらない。


 でも、それでいいと思えた。


 モチオは、店の中を見渡す。


 変わらない景色。


 やわらかな光。


 静かな空気。


 その中に、自分がいる。


 それが、もう当たり前になり始めている。


 モチオは、小さく息を吸う。


 その空気が、やさしく胸に広がる。


 ここで過ごす時間が、これからも続いていく。


 そんな予感が、静かにそこにあった。

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