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ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第3章「空気に馴染む」

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手伝い始める

 扉を開けたときの音は、昨日と同じだった。


 ちりん、とやわらかく鳴って、すぐに空気に溶ける。


 モチオは、その音をほんの少しだけ確かめるように聞いてから、一歩、中へ入った。


 店の中の空気が、ふわりと身体に触れる。


 やわらかくて、静かで、少しだけあたたかい。


 昨日と変わらないはずなのに、どこか“戻ってきた”ような感じがした。


「おはよう」


 カリーナの声が、カウンターの向こうから届く。


 変わらない調子。


 軽くて、でも落ち着いている。


 モチオは、小さくうなずく。


「……おはようございます」


 言葉は短い。


 でも、無理なく出てくる。


 それだけで、少しだけ安心する。


 モチオは、店の中へと歩き出す。


 棚の間をゆっくりと進む。


 足音は小さく、すぐに消える。


 その消え方にも、もう違和感はなかった。


 ここにいるときの歩き方が、少しずつ身体に馴染んできている。


 モチオは、ふと足を止める。


 昨日触れた、あの陶器の置き物が目に入る。


 そっと手に取る。


 軽く揺らす。


 ころん。


 小さな音が、変わらず響く。


 モチオは、ほんの少しだけ口元をゆるめる。


 それから、元の場所に戻す。


 その動きも、自然になっている。


 カリーナは、その様子を少しだけ見ていた。


 何も言わない。


 ただ、見ている。


 それだけの距離が、ちょうどよかった。


 しばらくして、カリーナが口を開く。


「モチオくん、少し手伝ってもらってもいい?」


 その言い方は、とても軽かった。


 頼む、というよりも、ただそこに置くような言葉。


 モチオは、一瞬だけ動きを止める。


 驚いたわけではない。


 でも、少しだけ予想していなかった。


 それでも、すぐにうなずく。


「……はい」


 短い返事。


 それで十分だった。


 カリーナは、作業台のほうを指さす。


「こっち、並べ直したいの」


 そこには、小さな雑貨がいくつか並んでいた。


 木の小箱。

 布の袋。

 陶器の小さな器。


 どれも、特別に目立つものではない。


 でも、ちゃんとそこにあるものたち。


 モチオは、作業台の前に立つ。


 何から触ればいいのか、少しだけ迷う。


 その気配を、カリーナがやわらかく拾う。


「最初は、近くのものからでいいよ」


 モチオは、小さくうなずく。


 手を伸ばす。


 一番近くにあった木の小箱に触れる。


 指先に、少しだけざらりとした感触。


 軽く持ち上げて、位置を変える。


 音は、ほとんどしない。


 ただ、置かれたという感覚だけが残る。


 カリーナも、隣で同じように手を動かしている。


 何かを説明するわけではない。


 細かく指示することもない。


 ただ、一緒に並べていく。


 そのやり方が、自然だった。


 モチオは、少しずつ手を動かす。


 置いて、整えて、少しだけ引く。


 また置く。


 その繰り返し。


 単純な作業。


 でも、不思議と落ち着く。


 カリーナが、ふと小さく言う。


「それ、少しだけ間をあけてみて」


 モチオは、その通りに動かす。


 ほんの少し、距離をあける。


 それだけで、見え方が変わる。


 モチオは、その変化を見つめる。


 大きな違いではない。


 でも、確かに違う。


 モチオは、もう一度だけ位置を微調整する。


 今度は、何も言われていない。


 それでも、なんとなく、そうしたほうがいい気がした。


 カリーナは、その様子を見て、小さくうなずく。


「うん、いい感じ」


 その一言は、とても軽い。


 でも、ちゃんと受け取れる。


 モチオは、少しだけ胸の奥があたたかくなるのを感じる。


 認められた、というほど大きなものではない。


 でも、否定されていない。


 その感覚が、静かに広がる。


 作業は、そのまま続く。


 言葉は、ほとんど交わさない。


 でも、手の動きが少しずつ揃ってくる。


 カリーナが動かしたあとに、モチオが整える。


 モチオが置いたものを、カリーナが少しだけ直す。


 その繰り返し。


 それでも、ぶつからない。


 むしろ、自然に流れていく。


 モチオは、そのことに気づく。


 一人でやるのとは違う。


 でも、邪魔になる感じもない。


 ただ、一緒にいる。


 それだけで、作業が進んでいく。


 モチオは、手を止めて、少しだけ全体を見る。


 さっきよりも、整っている。


 はっきりとした変化ではない。


 でも、ちゃんと変わっている。


 その中に、自分が関わっている。


 その事実が、静かに残る。


 カリーナも、同じように手を止める。


 少しだけ全体を見る。


 それから、小さく息を吐く。


「ありがとう」


 短い言葉。


 でも、すっと入ってくる。


 モチオは、少しだけ驚く。


 何か特別なことをしたわけではない。


 でも、その言葉は自然だった。


 モチオは、小さくうなずく。


「……いえ」


 それだけのやりとり。


 それでも、十分だった。


 店の中は、変わらず静かだった。


 でも、その静けさの中に、さっきまでとは少し違うものがある。


 ただ“いる”だけではなく、“関わった”という感覚。


 その小さな変化が、空気の中にやわらかく混ざっている。


 モチオは、ゆっくりと息を吸う。


 その空気が、やさしく胸に広がる。


 ここにいることが、少しだけ深くなっている。


 そんな気がした。


 モチオは、もう一度手を伸ばす。


 次の小さな雑貨に触れる。


 その動きは、さっきよりも迷いがない。


 ここでの時間に、少しだけ入り込んだ感覚。


 それを、静かに受け止めながら――


 モチオは、またひとつ、小さく整えていった。

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