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ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第2章「居場所の芽生え」

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振り返るモチオ

 通りを、ゆっくりと歩いていた。


 さっきまでいた店の前を離れて、少しだけ進んだところ。


 モチオは、足を止める。


 振り返る。


 ひだまり雑貨店は、通りの中に静かに溶け込んでいた。


 特別に目立つわけでもない。


 大きな看板もない。


 それでも、ちゃんとそこにある。


 さっきと同じ場所に。


 モチオは、しばらくその店を見ていた。


 扉は閉まっている。


 中の様子は、ここからではよく見えない。


 けれど、なんとなくわかる。


 さっきと同じ空気が、あの中にある。


 やわらかくて、静かで、少しあたたかい場所。


 モチオは、小さく息を吐く。


 それから、ゆっくりと前を向く。


 また歩き出す。


 石畳の上を、同じように進んでいく。


 来たときと、同じ道。


 でも、感じ方は少し違う。


 足取りが、ほんの少し軽い。


 呼吸も、さっきより深い。


 モチオは、その変化に気づく。


 何かが、大きく変わったわけではない。


 それでも、確かに違う。


(……なんでだろう)


 心の中で、静かに考える。


 特別なことはしていない。


 何かを手に入れたわけでもない。


 ただ、あの店にいて、

 少し話して、

 少し触れて、

 少し笑った。


 それだけ。


 それだけなのに、

 自分の中に、何かが残っている。


 モチオは、歩きながら周りを見る。


 通りには、いくつかの店が並んでいる。


 パン屋。

 花屋。

 古びた看板の店。


 どれも、さっきよりも少しだけ目に入る。


 気づかなかったものが、少しずつ見えるようになっている。


 モチオは、そのことに気づく。


 あの店に入ったことで、

 この通り全体の見え方が、少しだけ変わった。


 ただ通り過ぎる場所ではなくなっている。


 少しだけ、つながりを持った場所。


 そんな感覚があった。


 モチオは、歩く速度をゆるめる。


 急ぐ必要はない。


 どこかへ急いで帰る理由もない。


 ただ、歩いている。


 その時間が、少しだけ心地よかった。


 風が、やわらかく通りを抜ける。


 さっき感じた匂いが、かすかに混ざる。


 パンの甘さ。

 土の静けさ。

 遠くの潮の気配。


 モチオは、その匂いを吸い込む。


 胸の奥に、やわらかく広がる。


 その中に、ほんの少しだけ――


 あの店の空気が混ざっている気がした。


 モチオは、少しだけ目を細める。


 思い出す。


 お茶の時間。

 雑貨の感触。

 ころん、という音。

 カリーナの言葉。


 どれも、はっきりとは残っていない。


 でも、確かにそこにあったものとして、静かに残っている。


 モチオは、小さくうなずく。


 言葉にしなくてもいい。


 はっきり理解しなくてもいい。


 それでも、この感覚は消えない。


 モチオは、ふと立ち止まる。


 通りの途中。


 特に理由はない。


 ただ、止まりたくなった。


 そのまま、少しだけ空を見上げる。


 光が、やわらかく広がっている。


 雲はゆっくりと流れている。


 時間は、変わらず進んでいる。


 それでも、自分の中だけ、少しだけ違う場所にいるような気がした。


 モチオは、ゆっくりと息を吐く。


 その呼吸が、前よりも自然に感じられる。


 ここに来る前の自分と、今の自分。


 大きく違うわけではない。


 でも、少しだけ、軽くなっている。


 その変化を、モチオは静かに受け止める。


(……また行こう)


 心の中で、もう一度思う。


 さっきも思ったこと。


 でも、今は少しだけはっきりしている。


 理由は、やっぱりいらない。


 ただ、行きたいと思える。


 それだけで、十分だった。


 モチオは、前を向く。


 もう一度、歩き出す。


 通りは、変わらずそこに続いている。


 まだ知らない場所が、先にある。


 でも、さっきよりも、その先に進むことが、少しだけ楽しみになっていた。


 背中に、やわらかな風が当たる。


 その中に、ほんの少しだけ――


 あの店の気配が、まだ残っている気がした。


 モチオは、その感覚を、静かに抱えたまま歩いていく。

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