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ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第2章「居場所の芽生え」

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帰り際の空気

 モチオは、ふと顔を上げた。


 どれくらいの時間が過ぎたのかは、わからない。


 長かった気もするし、

 短かったような気もする。


 店の中は、変わらずやわらかな空気に包まれている。


 光も、影も、音も。


 さっきと同じはずなのに、どこか少しだけ馴染んでいる。


 モチオは、小さく息を吐く。


 そのまま、ゆっくりと店の中を見渡す。


 棚に並ぶ雑貨たち。

 静かに差し込む光。

 カウンターの向こうにいるカリーナ。


 どれも、もう“知らないもの”ではなかった。


(……そろそろ)


 心の中で、小さく思う。


 急ぐ理由はない。


 でも、ここにずっといるわけにもいかない。


 帰る、という選択が、自然に浮かぶ。


 モチオは、その場で少しだけ立ち止まる。


 すぐに動かない。


 ほんの少しだけ、間を置く。


 その時間が、なぜか必要な気がした。


 それから、ゆっくりと歩き出す。


 扉のほうへ。


 足音が、小さく床に響く。


 その音も、もう違和感はない。


 むしろ、この場所の一部のように感じられる。


 途中で、ひとつの棚の前で足が止まる。


 さっき触れた、あの陶器の置き物。


 ころん、と音がするやつ。


 モチオは、それを少しだけ見つめる。


 触れはしない。


 ただ、そこにあることを確かめるように。


 それから、ゆっくりと視線を外す。


 また、歩き出す。


 扉が、少しずつ近づいてくる。


 モチオは、歩きながら考える。


 今日のこと。


 お茶を飲んだこと。

 雑貨に触れたこと。

 少しだけ話したこと。


 どれも、小さな出来事だった。


 大きな変化は、何もない。


 それでも、ちゃんと何かが残っている。


 モチオは、そのことを感じていた。


 カウンターの前で、立ち止まる。


 カリーナが、顔を上げる。


 目が合う。


 ほんの一瞬。


 それだけで、十分だった。


 モチオは、少しだけ迷う。


 言葉を、どうするか。


 長く話す必要はない。


 でも、何も言わないままでも、少し違う気がした。


「……そろそろ、帰ります」


 静かな声で言う。


 カリーナは、小さくうなずく。


「うん」


 それだけ。


 引き止めない。


 でも、突き放すわけでもない。


 ちょうどいい距離のまま、そこにある返事。


 モチオは、軽くうなずき返す。


 それから、少しだけ言葉を足す。


「……また、来ます」


 自然に出た言葉だった。


 無理に言ったわけではない。


 気づいたら、そう口にしていた。


 カリーナは、ほんの少しだけ笑う。


「うん」


 さっきと同じ返事。


 でも、少しだけ違う。


 受け取っている、という感じがあった。


 それ以上の言葉は、ない。


 それで、十分だった。


 モチオは、ゆっくりと扉のほうへ向かう。


 歩きながら、もう一度だけ店の中を振り返る。


 変わらない景色。


 でも、少しだけ自分の中で意味が変わっている。


 ただの場所ではない。


 少しだけ、関わった場所。


 そして――


 また来る場所。


 モチオは、扉の前に立つ。


 手を伸ばして、取っ手に触れる。


 ひんやりとした感触。


 それも、もう覚えている。


 そのまま、ゆっくりと押す。


 扉が、静かに開く。


 ちりん。


 ベルが鳴る。


 入ったときと同じ音。


 でも、やっぱり少しだけ違って聞こえる。


 モチオは、一歩、外へ出る。


 通りの空気が、ふわりと包む。


 少しだけ、外の匂いが強い。


 でも、それが嫌ではなかった。


 モチオは、扉を軽く押して閉める。


 ちりん、と小さく音が重なる。


 その音を、少しだけ聞く。


 それから、ゆっくりと歩き出す。


 通りを進む。


 足取りは、軽い。


 でも、どこか少しだけ、後ろに意識が残っている。


 振り返る。


 店は、変わらずそこにある。


 何も変わっていない。


 でも、自分の中では、少しだけ違う。


 モチオは、ほんの少しだけ口元をゆるめる。


 それから、前を向く。


 歩き出す。


 帰る場所がある。


 そして――


 また来る場所も、できた。


 そのことが、静かに胸に残る。


 風が、やわらかく通りを抜ける。


 モチオの背中を、そっと押すように。


 その中に、ほんの少しだけ――


 あの店の空気が、混ざっている気がした。

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