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ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第2章「居場所の芽生え」

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お茶の時間

 モチオは、店の中をゆっくりと歩いていた。


 昨日よりも、足取りは自然だった。


 どこに何があるのか、なんとなく覚えている。


 それでも、すべてを知っているわけではない。


 だから、見るたびに、少しずつ新しい。


 その感覚が、心地よかった。


 棚に並ぶ雑貨に目を向ける。


 昨日見たガラス細工も、同じ場所にある。


 光を受けて、静かに色を変えている。


 モチオは、それを少しだけ眺めてから、視線を外す。


 無理に何かを見つけなくてもいい。


 そう思える余裕が、少しだけ生まれていた。


 店の奥から、かすかな音がする。


 カップが触れ合うような、小さな音。


 それから、ほんのりとした香り。


 あたたかくて、やわらかい匂い。


 モチオは、少しだけ顔を上げる。


 カウンターの向こうで、カリーナが何かをしていた。


 ポットから、ゆっくりとお湯を注いでいる。


 その動きは、急いでいない。


 一定のリズムで、静かに続いている。


 湯気が、やわらかく立ちのぼる。


 光に触れて、少しだけ揺れる。


 その様子を見ていると、時間がゆっくりになる気がした。


 モチオは、その場に立ったまま、しばらく眺める。


 何も言わずに、ただ見ている。


 それでも、不思議と居心地は悪くなかった。


 カリーナは、顔を上げる。


 モチオに気づいて、少しだけ首をかしげる。


「お茶、飲む?」


 声は、いつもと同じやわらかさ。


 誘っているけれど、強くはない。


 断ってもいい距離のまま、そっと置かれる言葉。


 モチオは、少しだけ考える。


 飲みたいかどうか。


 というより――


 ここで、それを受け取っていいのか。


 ほんの短い時間。


 それでも、ちゃんと考える。


「……いいんですか」


 小さく聞く。


 カリーナは、うなずく。


「うん。よく出してるから」


 特別なことではない、という言い方。


 その一言で、少しだけ安心する。


 モチオは、小さくうなずく。


「……じゃあ、お願いします」


 声は、自然に出た。


 カリーナは、軽く微笑む。


 それ以上の言葉はない。


 カウンターの上に、カップがふたつ並ぶ。


 ひとつを、そっとモチオのほうへ差し出す。


 湯気が、やわらかく揺れている。


 モチオは、ゆっくりと近づく。


 カップを手に取る。


 あたたかい。


 指先から、その温度が伝わってくる。


 熱すぎるわけではない。


 ちょうどいい、落ち着く温度だった。


 カップを持ったまま、少しだけ立つ。


 どこで飲めばいいのか、迷う。


 カリーナは、その様子を見て、小さく言う。


「そのままでいいよ」


 短い言葉。


 けれど、それで十分だった。


 モチオは、その場で、カップに口をつける。


 少しだけ、ゆっくりと。


 あたたかさが、口の中に広がる。


 やさしい味だった。


 強くない。

 でも、ちゃんと残る。


 モチオは、もう一口、飲む。


 その間も、言葉はない。


 カリーナも、自分のカップを持っている。


 同じように、静かに口をつける。


 それだけ。


 会話は、続かない。


 けれど、それでよかった。


 音は、ほとんどない。


 カップを置く、小さな音。

 湯気が消える、かすかな気配。


 その全部が、この空間の中で、やわらかく混ざる。


 モチオは、ふと気づく。


 ――誰かと一緒にいるのに、疲れない。


 その感覚が、少しだけ不思議だった。


 話さなくてもいい。


 無理に何かを考えなくてもいい。


 ただ、同じ時間を過ごしているだけ。


 それで、十分だった。


 モチオは、カップを見つめる。


 中の液体が、ゆっくりと揺れている。


 光を受けて、やわらかく色が変わる。


 昨日見たガラス細工と、少し似ていた。


 見る時間で、少しずつ変わるもの。


 そのことを、ふと思い出す。


 モチオは、もう一口、飲む。


 さっきよりも、少しだけ味がなじんでいる。


 それに気づいて、ほんの少しだけ安心する。


 カリーナは、何も言わない。


 でも、その沈黙は、変わらずやわらかい。


 一緒にいる時間が、自然に流れていく。


 モチオは、小さく息を吐く。


 肩の力が、さらに抜けていく。


 ここにいることが、もう特別ではなくなり始めている。


 少しだけ、“当たり前”に近づいている。


 カップの中身が、少しずつ減っていく。


 それでも、時間は急がない。


 飲み終わることが目的ではない。


 この時間そのものが、ここにある。


 モチオは、そのことを、ゆっくりと感じていた。

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