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ひだまり商店街の小さな奇跡 〜海辺の雑貨店と、言葉にできない贈りもの〜  作者: ゆうぎり
第2章「居場所の芽生え」

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再訪

 その通りに、また来ていた。


 理由は、やっぱりはっきりしない。


 来ようと決めていたわけでもないし、

 用事があったわけでもない。


 気づいたときには、足がこの方向へ向いていた。


 それだけだった。


 モチオは、通りの入り口で、ほんの少しだけ立ち止まる。


 見慣れたわけではない。

 でも、昨日とは少し違う。


 初めて来たときの“知らなさ”が、ほんの少しだけ薄れている。


 石畳。

 並ぶ店。

 やわらかな光。


 そのひとつひとつに、うっすらと記憶が重なっている。


 モチオは、小さく息を吸う。


 空気の中に、あの匂いがある。


 パンのやわらかな甘さ。

 土の静かな匂い。

 遠くの潮の気配。


 昨日と同じようで、少しだけ違う。


 それでも、ちゃんと“ここだ”とわかる匂いだった。


 モチオは、ゆっくりと歩き出す。


 足音が、小さく石畳に溶ける。


 その感覚も、少しだけ覚えている。


 前よりも、自然に歩けている気がした。


 通りの中に入る。


 人の気配が、やわらかく混ざる。


 遠くで、かすかな話し声。

 どこかで、何かが動く音。


 それらが、前よりも少しだけ近く感じられる。


 モチオは、通りの奥を見ながら歩く。


 目的地は、はっきりしていない。


 けれど、足は自然と、あの場所へ向かっていた。


 あの店。


 あの扉。


 あの音。


 ちりん。


 まだ聞こえていないはずなのに、

 記憶の中で、音が先に鳴る。


 モチオは、少しだけ歩く速さをゆるめる。


 急ぐ理由はない。


 でも、少しだけ、その場所に近づいていることを感じていた。


 やがて、見えてくる。


 通りの並びの中に、静かに沈んでいる店。


 昨日と同じ。


 でも、まったく同じではない。


 知っている場所として、そこにある。


 モチオは、店の前で立ち止まる。


 扉を見る。


 木の質感。

 小さな傷。

 なじんだ取っ手。


 全部、昨日と同じ。


 それなのに、今日は少しだけ近い。


 “知らない場所”ではなくなっている。


 モチオは、軽く息を吐く。


 昨日みたいに、長く迷うことはなかった。


 ほんの少しだけ間を置いてから、手を伸ばす。


 取っ手に触れる。


 ひんやりとした感触。


 それも、少しだけ覚えている。


 そのまま、ゆっくりと押す。


 扉が、静かに開く。


 ちりん。


 ベルが鳴る。


 今度は、予想していた音。


 それでも、やっぱりやわらかい。


 聞いたことがあるのに、

 ちゃんと新しい音だった。


 モチオは、一歩、中へ入る。


 空気が、少しだけ変わる。


 やわらかく、落ち着いた空気。


 昨日と同じはずなのに、

 少しだけ“戻ってきた”感じがする。


「いらっしゃい」


 声がする。


 カリーナの声。


 モチオは、少しだけ顔を上げる。


 カリーナは、カウンターの向こうにいた。


 昨日と同じ場所。


 同じ立ち方。


 同じ空気。


 それなのに、違和感はまったくない。


 むしろ、そのままでいてくれていることに、少しだけ安心する。


 モチオは、小さくうなずく。


「……こんにちは」


 声は、昨日よりも少しだけ自然に出た。


 カリーナは、やわらかく笑う。


「こんにちは」


 それだけのやりとり。


 長くは続かない。


 けれど、十分だった。


 モチオは、店の中を見渡す。


 昨日と同じ景色。


 棚。

 雑貨。

 光。


 それでも、少しだけ違う。


 “知っている場所”として見えている。


 モチオは、ゆっくりと一歩、歩く。


 床の音が、小さく鳴る。


 その音も、もう違和感はない。


 店の中に、自然に溶けていく。


(……来てよかった)


 心の中で、そう思う。


 強い気持ちではない。


 でも、確かにそこにある。


 ここに来たことが、間違いではなかった。


 それが、はっきりとわかる。


 モチオは、近くの棚に目を向ける。


 昨日見たガラス細工が、同じ場所にある。


 光を受けて、静かに色を変えている。


 それを見たとき、

 モチオの中で、何かが少しだけつながる。


 昨日の時間と、今の時間。


 別々ではなく、ちゃんと続いている。


 モチオは、小さく息を吸う。


 空気が、やわらかく胸に入る。


 ここにいることが、自然に感じられる。


 それは、ほんの少し前まではなかった感覚だった。


 カリーナは、何も言わない。


 でも、その沈黙は変わらずやわらかい。


 “また来たこと”を、特別に扱わない。


 それが、逆にちょうどよかった。


 モチオは、軽くうなずく。


 誰に見せるでもない動き。


 けれど、その中に、小さな確信があった。


 ――ここには、また来る。


 理由は、やっぱりいらない。


 でも、それでいいと思えた。

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