【第4話】文化祭の本音
光が収まると、体が動いていた。
自分の意思ではなく、記憶に引っ張られるように。
体育館の中だった。折り畳みテーブルが並んでいて、クラスメイトたちが文化祭の準備をしている。舞台道具を運ぶ声、テープを貼る音、笑い声。夕方に近い時間帯で、窓から差し込む光が斜めになっていた。
中学二年の秋。文化祭の前日だった。
制服の袖をまくって、俺の体が段ボールを運んでいる。
(この日か)
すぐにわかった。
視界の端に、ホログラムが浮かんだ。
《ステージ:文化祭の記憶》
《目標:自分の本当の気持ちと向き合ってください》
「ちょっと、そっち持ってくれる?」
声がした。
ユキだった。
大きな段ボールを一人で抱えようとして、バランスを崩しかけている。俺の体が、反射的に手を貸した。
「ありがとう」
「重いな、これ」
「そうなの。思ったより多くて」
二人で段ボールを運びながら、他愛もない話をした。模擬店のメニューのこと。明日の天気のこと。クラスの出し物がうまくいくかどうか。
女性との会話は苦手だけど、ユキとは自然と話すことができた。
飾らなくて、でもちゃんと自分の意見を持っていて。笑うと目がなくなるのが、なんかいいなと思った。
(……あ)
気づいた。
好きだったんだ。
この瞬間に、ちゃんと好きになっていた。告白する前から。文化祭の準備をしながら、一緒に笑いながら、この時間の中でもう好きになっていた。
だけど、あの頃の俺はそれを認めていなかった。
なぜなら——ケンタが、ユキのことを好きだったから。
ずっと前から知っていた。ケンタが話す時、ユキの名前が出るたびに声のトーンが変わることも。視線が自然とユキを追いかけることも。全部、わかっていた。
だから、自分の気持ちに気づいても、気づかないふりをしていた。
でも、気持ちは止まらなかった。
光が俺を包み、場面が、動いた。
翌日。文化祭当日の昼休み。
俺とケンタが、廊下の窓際に並んで立っていた。体育館から音楽が流れてきて、廊下を行き交うクラスメイトの声が賑やかだった。
「なあ」
ケンタが、校庭を見ながら言った。
「ユキってやっぱかわいいよな」
俺の体が、固まった。
「……まあ」
「最近また可愛くなったと思うんだよな。文化祭効果ってやつかな?」
ケンタが、照れたように頭を掻いた。
だけど今の俺には、その言葉が胸に刺さった。
(ケンタが、ユキを)
わかっていたはずだった。ケンタがユキを意識していることは、前から気づいていた。でも、こうしてはっきり言葉にされると、何か別の感情が込み上げてきた。
焦りのような、焦燥のような。
(取られたくない)
その感情が、自分でも驚くくらい、はっきりと湧き上がった。
「……そうか」
俺の体は、それだけ答えた。
光と共に場面がまた動いた。
その日の放課後。
体育館の裏に、ユキを呼び出していた。
体育館の裏。夕暮れの空。
俺の体が、ユキの前に立っていた。
「どうしたの?」
「好きだ」
喉から出た声は、震えていた。
ユキが、目を丸くして、それから少し俯いて、小さく頷いた。
「……私も」
その瞬間の、胸の感覚。
嬉しかった。本当に嬉しかった。
だけど同時に、ケンタの顔が頭をよぎった。あの笑顔が、頭から離れなかった。
「俺は……本当に好きだったんだ」
今の俺が、呟いた。
過去の自分を追体験しながら、改めてわかった。
奪おうとしたわけじゃなかった。ケンタに勝ちたかったわけでも、軽い気持ちだったわけでもなかった。ただ、好きだった。どうしようもないくらい、好きだった。
「うん」
めもりんが、静かに答えた。
「それが、本当のことだよ」
「でも、ケンタの気持ちも知ってた」
「知ってた」
「それでも、止まれなかった」
「止まれなかったんじゃなくて、止まらなかった、かもしれないね」
その言葉が、胸に刺さった。
止まれなかったのか、止まらなかったのか。
正直なところ、自分でもわからない。でも、どちらにしても、ケンタの気持ちより自分の気持ちを優先したことは事実だった。
「……ケンタは、ユキが好きだって言った」
今の俺が、呟いた。
「その瞬間、俺は焦った。取られたくないって思った」
「うん」
「それで……ケンタに何も言わないまま、ユキに告白した」
「ケンタに、一言も言わずに」
「……ああ」
それが、全部の始まりだった。ケンタの気持ちを知りながら、相談も説明もせず、ただ自分の衝動に従った。
その時、暗がりから影が現れた。
さっきまでと同じ、定まらないもやのような形。だけど今度は、二つの影が絡み合っていた。一つは俺の輪郭に似ていて、もう一つはケンタの輪郭に似ていた。
【後悔のかけら——絡み合う意地】
影が、声を発した。
俺の声と、ケンタの声が交互に響いた。
『好きだったなら、なんでケンタに一言言わなかった』
『言えるわけないだろ、言ったら止められる』
『止められるのが、怖かったのか』
『……怖かった』
『だから黙って動いた』
二つの声が、ぐるぐると絡み合う。
「……そうだ」
俺は、影に向かって言った。
「悪いとか悪くないとかじゃない。俺もケンタも、お互い本音を言えないまま、ぐちゃぐちゃのまま終わったんだ」
影が、揺れた。
「だから、ちゃんと話す。本当に好きだったこと。ケンタの気持ちを知っていたこと。それでも止まれなかったこと。全部、ケンタに話す」
手のひらに光が集まった。
今度は、迷いなく集まった。
「お前たちは、もう終わりだ」
光が、絡み合う影を包んだ。
影は低く唸り、ゆっくりと解けていった。二つの輪郭が離れ、それぞれ粒子になって、夕暮れの空に消えていく。
静寂が戻った。
《記憶修復完了》
《修復率+10%》
《報酬:BP80、RP60を獲得しました》
夕暮れの空だけが、残っていた。
「……わかった」
俺は、消えたユキの姿があった場所を見つめながら呟いた。
「ケンタに話す内容が、ようやくわかった」
「うん」
めもりんが、頷いた。
「本当に好きだったこと。奪おうとしたわけじゃなかったこと。でも、ケンタの気持ちより自分を優先したこと。全部、ちゃんと話すんだね」
「ああ」
「聞いてくれるかどうか、わからないけど」
「そうだね」
めもりんが、静かに笑った。
「でも、前の時とは違うよ。今度は、ちゃんと言うべきことがある」
俺は、パネルに目を向けた。
【親友ケンタとの喧嘩】(難易度★★★)
「なんで難易度上がってるの?」
「一度失敗したから、ケンタの警戒心が高まってるのさ。でも、今の君なら大丈夫」
パネルに手を伸ばした。
視界が、白く染まっていく。
光が、俺を包んだ。




