【第3話】今更なにしに
光が収まると、そこは見覚えのある教室だった。
中学校の教室。夕焼けの差し込む窓、机の落書き、教科書の匂い。
放課後の静けさ。ほとんどの生徒はもう帰っていて、残っているのは二人だけだった。
体が、中学三年生になっていた。制服の感触。少し伸びすぎた前髪が、目にかかる。
(あの日だ)
すぐにわかった。
ケンタが、窓際の席に座っている。いつもは明るくてよく笑う奴が、今日は黙って外を見ていた。夕日で染まった校庭。遠くから部活の掛け声が聞こえる。
俺の体が、教室に入っていく。記憶の流れに引っ張られるように、足が動く。
「なあ、話があるんだけど」
ケンタが、振り向いた。
いつもと違う顔だった。笑っていない。目が、硬い。
「……なに」
「ユキのこと、ごめん」
記憶の流れとは違う言葉が、喉から出た。
現在の俺が、押し出した言葉だった。
ケンタの目が、細くなった。
「……は?」
「俺、おまえがユキのこと好きだって知ってた。それでも告白した。ごめん」
沈黙。
ケンタは、しばらく俺を見ていた。
そして、小さく鼻で笑った。
「今更、なにしにきたんだよ」
「ケンタ……」
「何ヶ月経ったと思ってんだ。今更謝られても、どうしろっていうんだよ」
声に、棘があった。怒りというより、疲れたような棘。
「俺は……ちゃんと謝りたかった」
「ちゃんと?」
ケンタが、立ち上がった。
「ちゃんと謝りたかったなら、なんで今まで何も言わなかったんだよ。廊下で会っても目逸らして、教室でも話しかけてこないで。それで今更ちゃんと、って」
「……それは」
「言い訳あんなら聞いてやるよ」
言葉が、出なかった。
言い訳なんてない。怖かっただけだ。ケンタの顔を見るのが、責められるのが、怖かっただけだ。
だけど、それをそのまま言えるほど、あの頃の俺は正直じゃなかった。
体が、黙ったままでいる。
「……やっぱりな」
ケンタが、背を向けた。
「何も変わってないじゃないか。謝りにきたって言いながら、結局また黙るんだろ。そういうやつだよ、おまえは」
「待ってくれ」
「もういいよ」
ケンタの足が、教室の出口へと向かう。
「ケンタ!」
振り向かなかった。
扉が閉まる音が、教室に響いた。
その瞬間、窓の外から黒い霧が滲み込んできた。
夕日の色が急に褪せて、教室が薄暗くなる。
霧の中から、影が現れた。
人の形をしている。だけど顔がない。ぽっかりと穴が開いたような、虚ろな輪郭。ケンタが出ていった扉の前に、ぬっと立っている。
【後悔のかけら——意地の残滓】
影が、声を発した。
俺の声だった。
『謝ったじゃないか』
「……」
『ちゃんと謝った。それでも聞かないのは、あいつの問題だろ』
「違う」
俺は、影に向かって言った。
『どうせ何を言っても無駄だったんだ。謝っても許してもらえない。だから黙ってた方がよかった』
「それも違う」
手のひらに、光が集まろうとした。
だけど、集まりきらなかった。
ちらちらと、弱い光が点滅するだけ。
「くっ……」
『本当のことを、まだ言えてないだろ』
影が、静かに言った。
その言葉が、胸に刺さった。
本当のこと。
ケンタに謝った。それは本当だ。でも、何を謝ったのか。「告白したこと」を謝った。それだけだ。
なぜ告白したのか。本当にユキのことが好きだったのか。ケンタのことをどう思っていたのか。
何も、言えていない。
「……まだ、足りないのか」
光が、消えた。
影も、霧の中に溶けるように消えていった。
《修復失敗》
《現在の修復率:5%(変動なし)》
教室に、静寂が戻った。
夕日が、また窓から差し込んでいる。
俺は、床に膝をついていた。
「未来くん」
めもりんが、そっと隣に浮かんだ。
「大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」
正直に言った。
「謝りにいったのに、何も届かなかった」
「うん」
「ケンタが聞かなかったからじゃなくて……俺が、本当のことを言えてなかったから」
「そうだね」
めもりんが、静かに頷いた。
「影もそう言ってた。本当のことを、まだ言えてないって」
「……俺、なんで告白したんだろ」
ぽつりと、呟いた。
「ユキのことが好きだったから、だと思ってた。でも、それだけじゃない気がする。ケンタのことも、俺の気持ちも、ぐちゃぐちゃのままで……何も整理できてない」
「だから」
めもりんが、俺を見た。
「まず、自分の気持ちと向き合う必要があるんだと思う。あの文化祭の記憶の中で、本当は何を感じていたのかを」
「文化祭の記憶か……」
「ケンタくんに本当のことを話すためには、まず自分が本当のことを知らないといけないでしょ」
そうだ。
ケンタに何かを伝えようとしても、俺自身が自分の気持ちをわかっていない。なぜ告白したのか。本当にユキのことが好きだったのか。ケンタへの罪悪感と、ユキへの気持ちが、どう絡み合っていたのか。
「……文化祭のステージに行く」
俺は、立ち上がった。
「自分の気持ちを、ちゃんと知るために」
めもりんが、小さく笑った。
「うん。それが、次の一歩だよ」
視界が、白く染まっていく。
ケンタへの言葉は、まだ見つかっていない。
でも、探しに行く場所はわかった。
光が、俺を包んだ。




