【第19話】さようなら、めもりん
光が、満ちていた。
どこもかしこも、白い光だった。
メモリーシティの輪郭が、溶けていく。石畳が、建物が、時計塔が、ゆっくりと光の中に消えていく。
俺は、その街の中心に立っていた。
「未来くん」
めもりんは、まだ隣にいてくれた。
光の中でも、その声だけははっきりと聞こえた。
「メモリーシティが、閉じていくね」
「ああ」
「修復が完了したから。この世界の役目が、終わったんだよ」
俺は、消えていく街を見渡した。
マーケットエリアがあった場所。記憶の図書館があった場所。ハルカの公園があった場所。広場のベンチ。路地裏。
全部が、光の中に溶けていく。
ゆっくりと、静かに。
「めもりん」
「うん」
「おまえと、ここで色々あったな」
「うん」
「最初に会った時、ただのゲームキャラだと思ってた」
めもりんが、くすりと笑った。
「知ってるよ。最初はちょっと距離あったもんね」
「でも、おまえがいなかったら俺はなんもできなかった」
「そんなことないよ。全部未来くんの力。いや、永遠くんの力だね」
俺は、めもりんを見た。
今まで見てきた中で、一番薄かった。輪郭がほとんど見えない。光と光の境界のような、そんな存在になっていた。
「消えていくんだな」
「消えるんじゃないよ」
めもりんが、静かに言った。
「戻るんだよ。永遠くんの中に」
「同じじゃないのか」
「全然違う。消えたら、なくなる。でも戻るなら、ずっとある」
「……そうか」
「目覚めた後も、ちゃんといるよ。形は変わるけど。永遠くんが誰かと向き合おうとする時、一歩踏み出せる時、それがあたしだから」
俺は、その言葉を、ゆっくりと受け取った。
めもりんは俺自身の、生きたいという気持ちだった。
目覚めた後も、その気持ちは消えない。消えさせない。
「めもりん」
「うん」
「一つだけ聞いていいか」
「なあに」
「おまえは……幸せだったか。ここで、俺と一緒にいて」
めもりんが、少し黙った。
メモリーシティの最後の輪郭が、光の中に溶けていく。
「幸せだったよ」
めもりんが、言った。
「永遠くんが向き合うたびに、嬉しかった。ケンタくんと話せた時も、ハルカちゃんのブランコが動いた時も、お父さんと初めてちゃんと話せた時も。全部、嬉しかった」
「俺も、嬉しかった」
「うん」
「おまえがいてくれたから、ここまで来られた」
「違うよ」
めもりんが、首を振った。
「永遠くんが、自分で来たんだよ。私はただ、隣にいた」
「それが、一番大事だったんだよ」
めもりんが、また少し黙った。
「……そっか」
小さく、呟いた。
「そっか。そうだったんだね」
その声が、少しだけ震えていた。
「泣いてるのか」
「泣いてない」
「泣いてるだろ」
「泣いてないってば」
めもりんが、笑った。
今まで見てきた中で、一番いい笑顔だった。
目が、潤んでいた。だけど、笑っていた。
「ねえ、永遠くん」
「なんだ」
「お願いがあるんだけど」
「何でも言え」
「ケンタくんの結婚式、ちゃんと行ってね」
「行く」
「ユキちゃんにも、ちゃんと話してね」
「話す」
「お父さんにも、電話してね。建築家の話、もっと聞いてあげてね」
「……する」
「ゲームも、諦めないでね。作りたかったんでしょ。まだ、遅くないから」
「わかった」
「あと」
めもりんが、一瞬だけ間を置いた。
「自分を、大事にしてね」
その言葉が、胸の奥に落ちた。
自分を大事にする。
それが、一番できていなかったことだった。
「……難しいな」
「難しいよ」
めもりんが、頷いた。
「でも、永遠くんはここで自分と向き合えたじゃない。それができるなら、自分を大事にすることも、きっとできるよ」
「そうかな」
「そうだよ」
光が、強くなっていく。
めもりんの輪郭が、さらに薄くなっていく。
「めもりん」
「うん」
「ありがとう」
「……どういたしまして」
めもりんの声が、少し遠くなった。
光が、全てを包んでいく。
めもりんの姿が、もうほとんど見えなくなっていた。
光の中に、溶けていく。
その声だけが、最後に聞こえた。
「おかえり、永遠くん」
「……ああ」
俺は、答えた。
「ただいま」
光が、全てを飲み込んだ。
メモリーシティが、消えた。
後悔のステージが、消えた。
影が、消えた。
修復率の表示が、消えた。
何もなくなった。
ただ、白い光だけが残った。
その光の中に、俺は立っていた。
一人だった。
めもりんは、もういなかった。
だけど、胸の奥に、何かが残っていた。
温かい何かが。
消えない何かが。
「……めもりん」
答えは返ってこなかった。
でも、そこにある気がした。
ずっと、そこにある気がした。
俺は、目を閉じた。
光が、体に染み込んでいくような感覚があった。
温かかった。
少しずつ、意識が浮かんでいく。
夢と現実の境界が、溶けていく。
ピ、ピ、ピ……。
あの音が、また聞こえた。
ずっと俺を急かし、追い詰めていたあの音が、今は違う音に聞こえる。
それは、俺の心臓が刻む、静かで、確かな、意志。
(……生きてる)
その事実が、光の中で、静かに広がった。
俺は、ゆっくりと、現実の重みをまぶたの裏に感じ始めた。




