【第16話】めもりん
白い光の中を、歩き続けていた。
どのくらい歩いたのか、わからない。
景色が変わらない。白い光が、ただ続いている。
たが、漂う空気が少しずつ変化していた。
さっきまでの冷たい白さとは、少し違う。温度がある。かすかに、温かい。
「めもりん」
「うん」
「この空間、変わってきた気がする」
「うん。核心領域に近づいてるから」
俺は、めもりんを見た。
その時、気づいた。
めもりんの光が、弱くなっていた。
いつもは、はっきりとした輪郭で浮かんでいる。だけど今は、輪郭がぼやけて、光が薄くなっている。まるで、この空間に溶けていきそうな気がした。
「めもりん、おまえ……」
「大丈夫だよ」
めもりんが、笑った。
いつもの笑顔だった。だけど、どこか違う。
「大丈夫じゃなさそうだ」
「……そうかもね。でも、大丈夫」
めもりんが、少し笑った。
「なぁ、めもりん。おまえって結局なんなんだ?」
「んー未来君はもう気づいてるんじゃない?」
「俺が?」
俺は、しばらく黙った。
ここまで来て、色々なことが頭の中で繋がり始めていた。
最初から全部知っていた。俺の記憶を、俺の後悔を、俺の気持ちを。ガイドと言っていたけど、それだけじゃない。
「俺が一番よく知ってる、って言ってたよな」
「うん」
「おまえは……俺自身の、何かなのか」
めもりんが、静かに頷いた。
「うん」
「俺の、どこから来たんだ」
めもりんは、少し間を置いた。
この空間の、静寂の中に。
「屋上に立った時」
めもりんが、静かに言った。
「未来くんは、絶望の闇の中にいた。でも、その時同時に……どこかで、希望を完全に忘れてた訳じゃない。どこかで、生きたいと思ってた。」
「……」
「その気持ちが、この修復世界を作り出した。そして、生まれた」
俺は、めもりんを見た。
「おまえが……生きたいという気持ちだったのか」
「そうだよ。未来くんの中に残った最後の希望」
めもりんが、俺を見た。
「だから」
「だから、最初から全部知ってた。未来くんの記憶も、後悔も、誰を傷つけたかも。全部、未来くんの中にあるものだから」
俺は、その言葉を、ゆっくりと受け止めた。
めもりんは、俺自身だった。
ずっと傍にいて、ガイドしてくれて、時には叱って、時には笑って。それは全部、俺の中の「生きたい」という気持ちが、そうしていたのか。
「……そうか」
「うん」
俺は、足を止めた。
「めもりん」
「なあに」
「一つだけ聞く」
「うん」
「俺が目覚めたら……おまえは、どうなる」
めもりんが、少し間を置いた。
白い光の中で、めもりんの輪郭がまたぼやけた。
「……消えるよ」
静かに、言った。
「消えるって…」
「うん。未来くんが目覚めて、現実に戻ったら、私はいなくなる。この修復世界ごと」
「それは……」
「大丈夫だよ」
めもりんが、笑った。
今まで見てきた中で、一番穏やかな笑顔だった。
「厳密には消えるんじゃなくて、未来くんの中に戻るだけ。私はもともと、未来くんの一部だから」
「戻る……」
「うん。目覚めた後も、ちゃんといるよ。未来くんの中に」
俺は、めもりんを見た。
薄くなった輪郭。透き通った光。
それでも、笑っていた。
「……ずっと、傍にいてくれてたんだな」
「うん。未来くんの一部だから当然だよ」
俺は、目の奥が熱くなるのを感じた。
「ありがとう」
めもりんが、小さく首を振った。
「ありがとうじゃないよ。私は未来くんだもん。未来くんが、自分で自分を助けようとしてたんだよ」
「……そうか。なんか頭がこんがらがってくるな」
「ふふ」
二人で笑いあった後、しばらく、二人とも噛みしめるように黙っていた。
白い光の中に、静寂が広がった。
「めもりん」
「なあに」
「おまえに会えてよかった」
めもりんが、また笑った。
今度は、少しだけ目が潤んでいた。
「未来くんが生み出してくれたんだよ」
その時、白い光の中に、景色が現れ始めた。
ぼんやりとした輪郭。だけど、見覚えがあった。
コンクリートの床。フェンス。夜の空。
屋上だった。
「……来た」
俺は、呟いた。
「うん」
めもりんが、静かに言った。
「ここが、最後の記憶だよ」
風が吹いた。
夜の、冷たい風だった。
ピ、ピ、ピ……。
あの音が、また聞こえた。
今まで聞いてきた中で、一番近かった。
「行こう」
俺は、屋上に向かって歩き出した。
めもりんが、隣に並んだ。
光が、薄くなっていく。
でも、確かにそこにいた。




